For SONY FE Feed

SONY FE 50mm F2.8 Macro (SEL50M28)

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 来客者の女性比率が上がっていたり、平均年齢が下がっていると肌で感じることで、中古カメラ店の敷居は以前に比べれば随分と低くなったのかな?という印象を抱いています。インターネット上のフリマサイト・ネットオークションの広まりや、買取り・リユースショップチェーンの相次ぐ出店などもあって、これまで抱かれていた中古品・リユース品などへの抵抗感が随分と和らいだ事と、昭和レトロといった言葉に代表される、若年層を中心とした「古い物」を逆に「新しい物」として捉えるようなムーブ(ブーム?)によって、中古品に新たな価値が見出されていることなども理由になるのでしょう。オールドレンズという言葉が耳に馴染んで随分と経ちましたが、加えてオールドコンデジ、オールドデジイチ等、黎明期・発展途上期のデジタルカメラを指す言葉も頻繁に目にするようになりました。辺境に存在する我が勤務先でさえも、週末ともなれば若いカップルやカメラ女子がM42マウントの交換レンズや200万画素程度の初期コンデジ、フイルムコンパクトカメラといった商品をお求めに結構な頻度でお見えになるのですから、都市部では尚更強く感じられるのだろうと推察されます。

 中古店の暖簾をくぐる理由としては、上記のように「中古でしか入手できないもの」を求める他に現行品を「新品に比べ安価に購入できる」事も挙げられます。近年は転売ビズネスの横行で、品薄商品が「新品よりも高い値段で中古販売される」なんてケースも珍しくはなくなりましたが、程度の差こそあれど、中古品は新品に比べれば安価に販売されるのが一般的と言えます。量販店やネットショップで新品を購入し一眼カメラデビューを果たした若者が、思っていた以上に写真にハマった結果、さらなる交換レンズを安価に購入する為に「中古店」を訪れるといったパターン、これが経験的にきっかけの上位にランクインするのではないかと思っています。もちろん望むレンズは人それぞれなのですが、撮影する被写体によってある程度の傾向も見えてきます。日常スナップ・ポートレート派は「明るい単焦点」、アイドル・コスプレ派は「明るい望遠ズームレンズ」、飛行機・鉄道・野鳥・お子様お孫様運動会派は「超望遠ズームレンズ」、インスタ映えを目指す派は「Super-Takumar」といった具合でしょうか。

 そして、忘れてはいけないのがネイチャーフォト派が希望する「マクロ(接写)レンズ」(本題)なのです。日常の記録用途であればスマートフォンがその殆どを賄ってしまう現在でも、接写の様な特殊な条件となると、まだまだレンズ交換式カメラの存在意義は明確で、肉眼を大きく超える倍率で草花や昆虫などを捉える事ができる「マクロレンズ」は、時代を超えて高い人気を誇る交換レンズだと言えます。今現在はフイルム時代ほど多種多用なレンズが投入されている訳ではありませんが、フルサイズ換算で焦点距離50mm前後の画角を持った「標準マクロ」と100mm前後の「望遠マクロ」の最低2種類は殆どのメーカーから発売されていることからもその人気の高さは窺えます。

 さて、お嫁さんにするなら「快活な幼馴染」か「清楚なお金持ち」かという、某国民的RPG5作目の難題に比べればはるかに簡単なのでしょうが、「標準マクロ」「望遠マクロ」の「どっちを買えばいいのか問題」は、中古カメラ店においての頻発あるある相談と言えます。この質問を受ける際にユーザーの既存システムを確認すると、大抵は標準ズームレンズ1本(望遠域までの高倍率含む)や、標準ズームレンズ+望遠ズームレンズ(F値が明るくないタイプ)のいわゆるダブルズームキットである事が多いので、我々店員からすれば「幼馴染」「望遠マクロ」の方をお勧めするのがセオリーになっています。「望遠マクロ」は高倍率・キット系ズームレンズに比べ F 値が2.8と明るく、キットレンズよりも大きなボケ像を得やすい「単焦点望遠レンズ」としても活用できるため、いわゆるコスパの良い選択肢となるからです。通称タムQ(TAMRON製90mmマクロ)がポートレートマクロなどとも言われる様に、複数の使用目的が存在する事が価格差(標準マクロより望遠マクロの方が購入価格は高くなる)のデメリットを上回っていると考える方が多いのでしょう。また、ワーキングディスタンス(被写体とレンズ先端の距離)が標準マクロ比で長く、接写デビューに勧め易いという点も無視できません。実際の体感でも販売するマクロレンズの7~8割が「望遠マクロ」になるのは、多くの方がそのメリットに納得しているからなのでしょう。それでも、イオナズンは捨て難い。

 逆に考えると本レンズの様な「標準マクロ」の購入には、より明確な理由や強固な意志が介在していると言えるのかもしれません。「望遠マクロ」に比べ、広い画角・極端に浅くならない被写界深度といった物理特性が備わり、それらが必須となる撮影現場も少なからず存在します。昆虫や草花等ある程度の厚みを持った被写体を被写界深度を生かしてぼかさずに撮影する場合や、広い画角を生かして背景を取り入れたフレーミングを用いたいシチュエーションは当然起こり得るでしょう。文献や絵画の複写、標本の撮影といった学術記録用途であれば、これらの特性から「標準マクロ一択」となる場面さえもあるでしょう。そう言えば、過去 モデルスカウト 受験勉強で度々利用していた公立図書館の資料区画の複写台には Nikon F3 が備え付けられていましたが、装着されていたレンズは Micro-Nikkor 55mmだった事を記憶しています。当時は、それほど明るくはない標準画角のレンズにこれといった魅力を感じなかったのですが、今ではあえての「標準マクロ」、なかなかに興味深い一品と思っています。

 さて、SONYが一眼レフ用の Aマウントに用意した標準マクロレンズ AF 50mm F2.8 MACRO は、MINOLTA α 時代から基本設計が踏襲されロングセラーとなりました。フイルム時代には、標準マクロの撮影倍率は1/2倍止まりの物が多い中、等倍撮影まで対応した優等性でした。また解像度を優先した設計の為ボケ味が硬く感じる製品も多いマクロレンズ中、同社の発売する100mm同様に、素直で柔らかめなボケ味を持った稀有な存在であったと記憶しています。ミラーレス FE マウントへの刷新時、等倍撮影を引き継ぎつつ設計変更が行われた本レンズ FE 50mm F2.8 Macro は、高性能レンズの証「G」「G Master」の称号を与えられてはいませんが、非球面レンズ・EDレンズ・円形絞りを採用した意欲作で、鏡筒への撮影倍率表記など手を抜かない実直な作りにも好感が持てます。フィルター径55mmを採用する小型軽量な躯体は、感度が自由に操れる時代の寄れる標準レンズとしても、新たな存在感を光らせる一本に仕上がっているのではないでしょうか。「100mm」ではない方、ではなく「50mm」の指名買い、イイと思います。

 

 

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ある程度の厚みを持った被写体でも、比較的深い被写界深度を持つ50mmであればそのディテール描写を維持したままで接写が可能です。周辺部まで収差の悪影響を感じない端正な映像もマクロレンズの真骨頂と言えます。

 

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少し距離を取ってあげると、背景が広く入って来るのも望遠マクロとの違い。画面構成やボケの様子などを加味したフレーミングを気にする必要がありますが、そういったテクニカルな楽しみも撮影の醍醐味ではないかと。簡単に背景が溶けてくれる望遠マクロの撮影がサボリって訳でもないんですけどね。
 
 

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 標準マクロは本レンズも含め、レンズ一枚目のガラスが鏡筒先端からかなりカメラ側へ引っ込んだ構造(すり鉢とか蟻地獄なんて言われてます)をしている物が多数派。この部分がレンズフードの役割も兼ねてくれますが、最短撮影距離付近での被写体とレンズとの接触を避けるという目的もあるのでしょう。結果、保護フィルターを付けるべきか否か、某国民的RPG5作目の難・・・ry
  

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望遠に比べ、ワーキングディスタンスが短い標準マクロでは、やや不得手となる昆虫の接写。飼育用温室育ちの蝶は多少の来客には慣れているのか、近接での撮影を許してくれました。逆光気味な条件でしたが、濁りの無いクリアな描写を得られました。

 

Dsc_3025背景には落ちた小枝や竹の根など、うるさいボケの原因となる被写体が多い為、50mmのボケ量では若干ザワついた印象になるのは仕方のないところでしょうか。この辺りは、撮影距離や被写体の大きさによるボケ方の印象を把握しておいた方が良いのかもしれません。さておき、合焦部のシャープネスの高さは素晴らしく、まさに「竹を割った」ようなイメージですね。

 

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葉の先端が爬虫類のシッポの様なかわいらしい造形をしていたのが目に留まりました。葉脈の一つ一つを克明に描写しつつ、若芽らしい柔らかさも伝わって来る質感描写が好印象。ここまでの接写になると被写界深度もさすがに浅く、ボケ像のクセにはあまり気を使わなくて良さそうですね。

 

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本レンズ、等倍接写もこなすマクロレンズにしてはとても小型軽量。当然遠景の描写も文句はありませんので、文字通りマクロもイケる「標準レンズ」として常用するのもアリでしょう。昨今大型化する傾向が強い標準ズームの代わりに「標準マクロ」、良いんじゃないでしょうか?

 
 
 

SONY FE 35mm F1.4 GM (SEL35F14GM)

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レンズ構成(群-枚):8-12 > 10-14

フィルター口径:72mm > 67mm

絞り羽根枚数:9枚 > 11枚 

最短撮影距離:0.3m > 0.27m(AF時)

重量:630g > 524g

長さ:112mm > 96mm

 

 何の一覧かと申しますと本レンズ FE 35mm F1.4 GM が、先行発売されていた Distagon T* FE 35mm F1.4 ZA と比べて変更になった主な諸元です。左側が Distagon > 右側が G master の物です。

加えて申し上げるならば、

希望小売価格(税別・2026年時点で併売):164,000円 > 216,000円

といった、価格差も存在しています。

 数値上から判断されるスペック向上分の価格差はもちろん、加えて描写性能向上が見られるかどうかがやはり気になる所。元々220,000円(税別)という価格で販売され、G Master の登場によって実質的には下位機種扱いとしての値下げが行われた Distagon T* FE 35mm F1.4 ZA の心中を代弁して、とは言いませんが、なんとなくモヤモヤしている自分(@デジタル移行直前までCONTAXやHasselbladで、Zeiss製レンズにはさんざんお世話になった)がここに居るのです。「見せてもらおうか、SONY製 G Master レンズの性能とやらを」と、ツノと赤色が大好きな御仁がおっしゃったとか、おっしゃっていないとか・・・。

 さて、フルサイズにおける35mmという焦点距離のレンズは「広角レンズ」中では、その描写に顕著な癖が存在しない為に「準標準レンズ」のような表記もされたり、「標準レンズ」として考えている事を公表する写真家も存在しています。かく言う私も、モータドライブ付きの Nikon F3 に Ai Nikkorの35mm F2 を装着し通学の友としていた学生時代などは、視覚の延長としてこの画角を好んで、課題制作の多くをこなしていた事を記憶しています。

 単焦点として初めて購入した35mmは、上記のレンズよりもさらに一段明るい Ai Nikkor の35mm F1.4 。当時はポートレート作品のバリエーションを増やす目的で広角レンズの必要性を感じ、できるだけボケが大きくなるレンズを選びたかったのがその購入動機でした。高校生時代にお世話になっていた写真店主に「前玉に少しキズあるから、安くするよ」と見せられた中古の個体をお迎えをしたのですが、現在では「クセ玉の代表格」として語られる事も多い、そのとてもエモい描写(注釈:収差により強烈な個性を発揮する)が後に軽くトラウマとなったのも良い思い出です。目的であった解放絞りの映像は、中心部の解像度は十分ながらもフレア・ハロが競演する軟調ソフト描写で、加えて顕著な二線ボケが背景を乱雑化するじゃじゃ馬っぷりでしたので、乗り手として圧倒的に経験・技量不足であった若かりし筆者などは、幾度となく落馬させられたのです。先人の残した作例や貴重な経験談を簡単に入手する手段の無かったインターネット未発達時代の逸話として「明るい広角レンズには気を付けろ」という家訓とともに、後世まで語り継がれたのです。なんだこれ。

 Nikkor の面目の為に申し上げますが、35mm F1.4 のオリジナルは1971年発売の、押しも押されもしないオールドレンズ。一眼レフ用としては世界初・無二の存在でありました。レフレックスミラーの存在や、Nikon 伝統のフィルター径52mm縛りという足枷の中、コンピューター設計も未発達であり、非球面や低分散ガラスなどが贅沢に使用できない設計環境下で達成されたスペックであることを理解しておかなければなりません。後発となる Leica  SUMMILUX-R や YASHICA/CONTAX 用の Zeiss Distagon のフィルター径は67mm。オートフォーカスに世界で初対応した MINOLTA の非球面レンズ採用 35mm F1.4 でさえ55mm だったのですから、一眼レフ黎明期に設計されたフィルター径52mmの Nikkor 誕生は、さぞかし難産であった事が容易に想像できます。1絞りの明るさの価値が、現在よりも数段は重かったフイルム時代、本レンズにのみ許された撮影ステージは決して少なくはなかったはずであり、多くのマニュアルフォーカスレンズの製造が中止されていく中、本レンズはシリーズ末期までラインナップに残り続けていたという事実もここでしっかりと加えておこうと思うのです。

 さて、Nikkor の発売から40年以上が経ち、SIGMAの Art シリーズ第一弾として登場した35mm F1.4 DG Art(2013) は、これまで持っていた「レンズメーカー」・「35mm F1.4」への個人的イメージを根底から覆し、 歴史上 Art 以前と以降という明確な区切りを感じるほどに衝撃的な描写性能を持っていました。無論デジタル一眼のミラーレス化以降に発売された Distagon T* FE 35mm F1.4 ZA(2015)、Art 自身のミラーレス対応レンズである 35mm F1.4 DG DN Art(2021) といった高性能レンズ達にも、少なからぬ影響を与えた事でしょう。当然、本レンズ(2021)へも然り。開放絞りから画面全域を満たす繊細な良像域とデジタル補正のアシストを受け丁寧に補正された歪曲・色収差。6000万画素を使い切るであろう高い解像度は、広角レンズである事を完全に忘れさせる極めて滑らかな前後のボケ像によって一層際立ちます。「ええぃ! SONY 製の G Master は化け物か!」と、かの御仁が(以下略)。この値千金ならぬ、差額52,000円以上の働きを心に刻みつつ、なんだか Nikkor と SIGMA Art の紹介記事になってやしないか?との反省と共に、新しい家訓と購入費用の必要性をひしひしと感じているのです。余談ながら、執筆中に訪れたCP+2026の会場では、35mm F1.4 DG DN Art の後継レンズがこっそり置かれていたのは気付かなかった事にしておくとしましょう。

 

 

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前日の夜中に降り始めた雪は早朝には止みましたが、出勤時間にはまだ所々積雪があり、歩道橋の上からは日常とは違う景色が広がり写欲をそそります。開放での描写ですが、自然なボケ、信号機上の雪の質感、重く湿った路面の描写、良い感じです。

 

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ボケの様子をもう少し観察したくて、路地から住宅の隙間を一枚。侵入を防ぐための柵を手前に大きく入れてみましたが、とても自然にボケているのには驚きです。広角レンズのF1.4描写が、これほどまでとは脱帽するしかありませんね。合焦部の地面部分は砂の粒子がしっかり感じられるほど解像されており、G Master の高い実力が感じられます。

 

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昨年に続き、CP+の会場へ赴いて情報収集を。田舎に隠居する身ですから、しばらくぶりの都会のスケール感に圧倒されます。相手が大きい為なのか、近頃持て余し気味に感じる35mmの画角がとてもしっくりと来たのがちょっと新鮮でした。Nikon Z5Ⅱへ装着しての撮影でしたが、オリジナルでは若干残る樽型の収差も、Lighiroomのレンズプロファイルを適用するとご覧の通りスッキリと。絞り込めば遠景まで圧倒的な解像度で記録します。

 

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雑居ビルの隙間に取り残された電気メーターが時代の変遷を物語り、すでに居住者が居ない物件に繋がれた古いタイプのメーターに時間の重さが滲みます。周辺光量落ちを期待つつ、さらに露出をマイナスへシフト、開放であっても周辺まで高い解像力を維持してくれるので、安心して暗い被写体に挑めます。

 

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モノクロームの映像に着色を施したかのような映像になりました。なかなか田舎では道路を真上から見下ろす機会は少ないので、こういった状況に出会うとほぼ無意識にカメラを向けてしまいますねぇ。赤い自動車でも通ってくれたら色彩的に面白くなったんですが、しばらく待っても一向に通らなかったので諦めました・・・。最近試用したどの35/1.4よりも軽い本レンズ。比較的軽量なZ5Ⅱに装着すると、ハンドリングも良く長時間ぶら下げていても苦にならないのはいいですね。

 

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海なし県出身なので、波の音を聞いただけで無暗にテンションが上がってしまいます。そういえば大学生時代(校舎は内陸に存在)に瀬戸内出身の同級生が、時折海を見られない事の禁断症状を訴えては湘南方面に出かけていたのを思い出しました。現在都会に住んでいる娘は、時折山や星空が見えない事に対して禁断症状があるみたいです。ノスタルジーってのは自身に刷り込まれた源風景への禁断症状が引き金になるのかもしれないですね。それにしても開放で、この色ノリは反則ではないでしょうか?

 

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ホテルの外壁(ミラーガラス?)に映った向かいのビルや空模様が、なんとも不思議な都市景観を作り上げていました。雲の流れが速く、写り込む風景が刻々と変化をして行きますので、連写を使って後から映像をチョイス。絞り込めばさらに解像度が上がり、外壁の小さなタイル一枚一枚が克明に描写されます。本当に化け物の様な性能を発揮してくれます。

 

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CP+会場、パシフィコ横浜の二階入り口前。まだ閉場まで時間がありましたが、チョットした偶然なのか通行人が全く居ない瞬間に出会いました。長時間露光やGoogleピクセル加工したかの如く、蒸発したかのように人影がありません。パンフォーカスを得る為、F11まで絞り込んでの撮影。Z5Ⅱは極端な高画素機ではありませんが、手前から奥まで気持ちの良い画質でレンズの高性能を受け止めてくれました。

 

 

 

SONY Distagon T* FE 35mm F1.4 ZA (SEL35F14Z)

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 Aマウント時代のSONY製デジタル一眼レフには、24mm F2 ・ 85mm F1.4 ・135mm F1.8 と3本のZeiss製大口径単焦点レンズが用意されていました。フルサイズミラーレスα7の登場によりモデルチェンジも当然予想された訳ですが、ボディーの登場に合わせて登場したZeiss製の単焦点レンズは FE 55 mm F1.8および FE 35mm F2.8 でした。新システムへの移行初期ですから、市場で高い訴求力を発揮する高性能・高倍率ズームレンズや廉価製品に率先して開発リソースを割かねばならならないのも道理。本レンズ、Distagon T* FE 35mm F1.4 ZAのような趣味性の高い大口径単焦点レンズが登場するのには、指折り3年の月日を要しました。翌年に Planar T* FE 50mm F1.4 ZA も発売となるのですが、意外なことに頭書の 24・85・135 の3レンズはZeiss製レンズとしてではなく、24mm F1.4GM ・ 85mm F1.4GM ・ 135mm F1.8GM と 純正 G Masterとして刷新されました。メーカー内でのブランディングや販売戦略に関しては、単なる一消費者に過ぎない辺境中古カメラ店員にその真意は計りかねますが、Aマウント時代に存在した35mm と 50mmの F1.4レンズは共にフイルム時代に設計の端を発する、言わばセミオールドレンズでしたから、完全なる新設計であることを分かり易く伝える為「Zeiss」という看板の影響力に頼ったという側面があったのかもしれません。

 ところで、Zeiss の35mm F1.4と言えば、フイルム時代にヤシカ・コンタックスマウント用に供給された、Distagon 35mm F1.4 を思い起こす方も相当数おられるかと思います。かく言う私も、大学卒業後に現職場とブライダルの出張撮影で二足のワラジを履く中、メイン機材の、それもほぼ標準レンズとして愛用していたのがそのレンズでありました。高い逆光耐性、解放からの実用的な解像度、若干の癖を感じる事はあっても大きく破綻をしないボケ像が得られる万能優等性であり、なによりデジタル機材の様に安易な感度変更を行えないフイルム撮影ではF1.4 の明るさは何物にも代えがたく、手振れ補正の恩恵も受けられない時代に幾度も助けられた事を思い出します。ですからデジタル時代となって、Distagon 35 1.4 T* の刻印をAF化という強力なオマケを付けて再び手にできるというこの事実は、体内のあらゆる液体の栓が緩くなり始めたお年頃の筆者にとっては、いったい幾晩枕を濡らしたらよいのやら・・・と思うほどの吉報だったのです。

 加えてDistagon T* FE 35mm F1.4 ZA に関しては、後にとても数奇な運命が待っているのですが、それは同一スペックの純正レンズ FE 35mm F1.4 GMの登場によってもたらされます。ボディー性能が爆発的スピードで進歩する昨今は、レンズ側においてもボディー側の各種演算スピードへの対応や、AF、絞り作動といった機械動作の高速化、動画撮影への対応強化などが求められる事態にもなっているのですが、シリーズの比較的初期段階で投入されたこのDistagonも例外ではなかったのでしょう。発売開始から6年後の2021年にバトンを渡した後進は、約100gの軽量化、最短撮影距離3cmの短縮、フィルター径含めたレンズ全体の小型化を果たしただけでなく、公表MTFからも明らかなる高画質化が窺える仕様を達成していました。さらにこの新レンズは当初198,530円(税別)という希望小売価格を設定(2026年現在は216,000円)しており、これはDistagonの価格(220,000円)を下回る、まさに下克上を絵に描いたような登場でした。

 当然、誰もがDistagonに引退の二文字を意識した訳ですが、ここでSONYによるDistagonの価格改定(すなわち販売継続)が発表され、我々は2度驚かされることになりました。Distagonの希望小売価格は140,080円(2026年現在は164,000円)へと、なんと8万円近くも値下げが行われたのです。意味の乏しい比較ではありますが、ヤシカ・コンタックス時代のDistagonの販売終了時の価格168,000円より、さらに安価に最新のDistagonが手に入るようになったのです。それとなく大人の事情も見え隠れしますが、SONY曰くの「ソニーEマウントレンズにおける広角単焦点域のラインアップ拡充に伴う価格ポジションの見直し」を額面通りに受け取るとすれば、最高画質を求める方は「G Master」を、「Zeiss」が安価に入手できる事に意味を見いだせる方はDistagonを、といった落し処なのでしょう。いずれにしても35mm F1.4 に選択肢が増えた事を素直に喜んでおくのが、きっと幸せなのかもしれません。

 

 

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準広角レンズといってもやはり解放 F1.4の被写界深度の浅さはあなどれませんね。なんとなく合焦範囲が広がっていると思いきや、キリッと解像しているのは極一部分のみです。かなり暗い日陰での撮影ですが、解放からしっかりとコントラストが立ち上がる描写です。僅かの周辺減光や四隅でやや像の流れが見られますが、大きな欠点とは感じないレベルでしょうか。
 

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フィルム時代のDistagonは、フローティング機構の影響なのか近接時に二線ボケがやや目立ったと記憶しています。ミラーレス化への対応を果たした本レンズは、いじわるな被写体であっても破綻を感じさせないボケ味へと進化。これなら近接でも安心して絞りを開けられそうですね。
 

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縮小画像ではお伝えきれませんが、木漏れ日の当ったハイライト部の煌めきが非常に美しい一枚。僅か残った収差の影響か、輝度の高い部分のみにうっすらと発生するハロがその場の空気感を増幅して捉えます。

 

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曇天の夕刻、寺の片隅にあった清掃用具置き場。年季の入った道具達が見事なバランスで配置されているのに感心して一枚。実際はかなり暗い状況でしたがボディー内手振れ補正の力を借りて事なきを得ました。Z5Ⅱのフォールディングバランスが良い事もありますが、作動ブレを起こしにくいミラーレス構造+電子シャッターの恩恵も計り知れません。

 

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Lightroomのレンズプロファイルを利用した歪曲補正を行っていますので、画面上部に感じる糸巻き収差状の湾曲は、おそらく被写体自身の経年による変形かと。フルサイズでの35mm画角は、テーブルフォトなどにも好適。意地の悪い被写体でなければ、ご覧の通り近接能時にもボケ味含めて極めて優秀な活躍。お世辞にもスマートな機材では無いので、飲食店ではバックにしまっておいた方が良とは思いますが。

 

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開放時のボケ像には多少グルグルとした印象もありまが、細かな被写体をボカしても極端に乱れていないのは、35mmという焦点距離で考えれば優秀と言って良いでしょう。鉄道好きは、こういった写真をネタに5分でも10分でも話せたりしちゃうのが不思議。私は違いますよ。

 

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上の清掃用具を撮影した同じ場所に干してあったタオル。とても几帳面な方が管理されているのだなぁと感心してしまいました。まさか見知らぬ他人のネット上で紹介されているとは想像もしていないと思いますが、だからこそ人目に付かない部分でも手を抜かないその姿勢を見習いたいと感じてしまいました。まだ湿気の残った印象の繊維の質感、いいですね。

 

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少し絞るだけで、画面全域が隙を感じない良像域で満たされます。雨滴が作る波紋が、好みのバランスで写り込むタイミングを狙っての撮影です。同じ場所で結構な時間を費やしていましたが、価格高騰が続くフイルムでは真似のできない撮影になってしまいました。そういえば、なにやらメモリーカードも高騰しはじめてるとか。(2025~2026年、一部半導体の高騰が影響)

 

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レンズの性能かフルサイズセンサーの恩恵か、豊富なシャドーの諧調あっての被写体と言えるでしょう。植物から放たれた湿気や酸素まで写り込み、その場の匂いも思い出せるような映像となりました。被写体はしばしば訪れるガーデンの雑木林。G Master を借用する機会があったら、ぜひとも同じ場所で試してみたいと思っています。

 

 

SONY FE 85mm F1.4 GM (SEL85F14GM)

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 85mmという焦点距離を持つ俗にポートレートレンズとも呼ばれるレンズは、自身にとって想い出に事欠かないレンズの一つです。実際は途中から路線?の変更がありましたが、将来「写真」に関係した仕事で飯を食っていきたいと本気で考え始めたきっかけが人物撮影だった事もその主な理由なのだろうと思っています。

 写真部に在籍し本格的に写真撮影を始めた高校時代はアイドル写真全盛の頃。部の先輩が地元百貨店の屋上イベントで撮影したアイドル写真を半切サイズに伸ばし、部室入口に飾ったりしていたのも懐かしい思い出。師事していた写真店主の勧めもあって、当時県内で盛んに開催されていたモデル撮影会に顔を出したり、小・中学校時代の同級生やその妹にまでモデルを依頼(男子校出身なので止むを得なかったのですが、今の時代で考えると軽く通報案件ですよねぇ・・・)するうち、徐々にポートレート撮影の世界にのめり込んでいきました。それ以前は、学校行事でのスナップや風景、部活動の記録などが写真部員としての主要被写体でしたから、使用する機材は広角系の標準ズームや望遠ズーム、それに400mm程度の超望遠といったものでしたが、主要被写体の変化に伴いポートレート撮影に適したレンズへと興味が移っていったのは当然の流れでした。

 当時「も」決して自由になるお金が多かったわけではありませんので、当初は自前の Ai Nikkor 50mm F1.4 に、マニュアルフォーカスレンズをAF化するTC-16ASという純正テレコンを装着し、80mm 約F2.3 のポートレートレンズ(仮)で他校の文化祭へ出向いてナンパモデルスカウトなどもしていましたが、やはり F2 よりも明るいレンズの大きなボケや、フィルター径52mmよりも大きな前玉を持ったレンズへの憧れは捨てきれず、幾ばくかの機材を下取りに出してAF Nikkor 85mm F1.8 の購入へと至りました。この人生初となる85mmの単焦点レンズは、解放から目の覚めるような合焦部のキレの良さ、焦点距離と解放 F値の相乗効果による大きなボケによって、それまでズームレンズやテレコン併用によって得られた物とは次元の違う写真の世界を見せてくれました。引き伸ばし時のピント確認をする際、ルーペ像に浮かんだ被写体の瞳の中に撮影している自身の姿がはっきりと写り込んでいたのを目撃したのがあまりに衝撃的で、後の私を単焦点レンズ偏愛者へと改宗させる大きな原動力?の一つとなりました。

 このNikkorは高校時代と大学の4年間、かけがえのない知人・友人の肖像を記録や、課題作成の相棒として苦楽を共にしたりと、自分の写真人生においてとても重要な時間傍らに存在していました。大学卒業以降このレンズは徐々に出番を減らし、システム変更とともに私の手元から離れることになるのですが、就職・結婚・育児・引っ越しと日々目まぐるしく変化する生活環境の中で、被写体として真剣に人物に向き合える時間を随分と減らしてしまった事も、少なからず影響していたのだろうと感じています。

 想い出はさておき、デジタルミラーレスの時代、ちょっとした偶然の重なりから手元にやってきたのが本レンズ FE 85mm F1.4 GM (Ⅰ型)となります。マウント径を大幅に拡大したCanonやNikonには、さらに明るい F 1.2 のレンズも存在していますが、小型なAPS-Cフォーマットで出発しながらもマウントを変更せずにフルサイズ化を果たしたSONY FEマウントでは、いたずらに F 1.2 へのチャレンジをするのではなく、最高の F 1.4 を造る事の方が重要と言わんばかりに、市場には最新高性能ボディや動画撮影への対応を果たすべく、AFの高速化や軽量化、各収差の補正強化を与えられたⅡ型がすでに投入されています。結果MINOLTA時代から数えれば、初代 AF 85mm F1.4・AF 85mm F1.4G・AF 85mm F1.4G(D)・AF 85 mm F1.4G(D)Limited、SONY時代となって Planar 85mm F1.4 ZA、ミラーレス化以降の FE 85mm F1.4 GM・同 GMⅡと、実に7種もの85mm F1.4 が存在するという奇妙な歴史が浮き彫りになるのですが、執着とも受け取れかねない 85mm F1.4 への愛が脈々と引き継がれている印象さえ受けます。近年急激に視野の狭くなり始めた自身にとっては、ポートレートレンズというよりむしろ「標準」的にさえ感じ始めているフルサイズ85mmの心地よい画角。学生時代を支えてくれた想い出のNikkor、フリー時代に代えがたい一枚一枚を提供してくれた伝説のCONTAX Planarに続き、3本目の伴侶としてどんな写真に出会わせてくれるのか、今からワクワクが止まらないのです。

 

 

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開放で被写体に接近すると量感たっぷりのボケが発生します。これぞポートレートレンズの醍醐味です。さすがに口径食の影響もあるので、周辺では玉ボケ像がレモン状に変形することで若干のグルグル感も出てきます。これを嫌うのであれば1~2絞ほど絞り込んであげるとスッキリした背景になる印象です。
 
 


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ベンチの水平線を基準とするか壁面の垂直線を基準とするか、フレーミングを迷っている際に突風が吹き、上方の枝葉から水滴が飛んでくるというハプニングに遭遇しました。こんな時にカメラを水滴から守らずに迷わずシャッターを切るのはある種の職業病でしょうか。本レンズ一応防塵防滴を謳っているのですが、過信は禁物ですよね。
 

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画面中央部だけをトリムする1:1の画面比では、さらに口径食の影響も感じなくなり綺麗な玉ボケが現れます。ボケ周辺のエッジを強く感じない柔らかな後ボケはGMレンズを名乗るなら当然でしょうか。前後の大きなボケを使える大口径単焦点は、その重さ・大きさに目をつむる事ができれば優秀なスナップシューターになってくれます。

 

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ピントはベンチの座面に。日陰での撮影ですが明快なコントラストが凛とした空気の感じを良く伝えてくれます。開放1.4ともなれば、多少の緩さを伴う映像も覚悟しましたが、最新設計のミラーレス単焦点にそれは杞憂というものでした。中望遠レンズは望遠レンズとは違い、例え解放であっても距離の開いた被写体は背景がさほど大きくボケない事を再認識。フレーミングにはもう少し気を遣うべきでしたね。反省反省。

 

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最短撮影距離近くであれば、大きなボケを活用したマクロレンズ的な撮影もできます。AF時の最短撮影距離85cmでも合焦部の解像感に一切の不満はありません。シャドーをしっかり落とす為、露出を切り詰めてもシャドー部にしっかり諧調が残ってくれるのは有難いです。
 

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G Masterシーズは、そのボケ味にも注力して設計されています。前後のボケ方に大きな差が無く自然。それでいて被写体の情報を無暗に溶かしてしまわない良質のボケ。合焦部のシャープネスも当然文句の付け処がありません。
 

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ボケの繋がりを見たくて、公園に設置された遊歩道を撮影。傾きかけた夕刻の日差しが印象的な影を落としてくれます。遠近感の圧縮を見せ始める中望遠レンズ独特の描写でしょうか。昨今スマートフォンなどでは見かけのボケを大きくして小型センサーの欠点をカバーするといった機能も一般化しましたが、「写真」とはなんぞや?とデジタルデータ時代の映像に自分自身の基準を改めて考え直すタイミングに来ているのだと痛感しています。

 

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木道と水面の僅かな高低差によってもしっかりとボケが発生するのが大口径+中望遠の魅力の一つ。作例の数枚には電子マウントアダプターを併用しNikonのZ5Ⅱを使用。RAW現像の際にLightroom上でレンズプロファイルを対応させることで、色収差・歪曲収差の自動補正を加えます。操作やハンドリングフィールは長年馴染んでいることもあるので、Sony FEレンズの母艦としてNikonボディが選択できるのが存外の喜び。α7RⅣの圧倒的高画素も魅力ですが、Z5Ⅱの小気味よさもまた快適です。

 

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モニター上で像を拡大すると、ハイライト部分にはごくわずかのハロが発生していて、全体的な柔らかな印象を醸し出すのに一役買っているようです。昨今の高性能ズームレンズには「大吟醸」的な隙の無い高性能を感じますが、大口径単焦点に感じる「純米酒」かの如く旨味成分もまた、とても心地良いのです。

 

 

SONY FE 135mm F1.8 GM (SEL135F18GM)

 

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 デジタル一眼レフ市場へ参入する際、一部高級レンズの看板として「Carl-Zeiss」を掲げたSONY。事業引継ぎ元のKonica-MINOLTA時代から、一部の交換レンズには「G」の称号を用いシステム内での差別化を図っていましたが、デジタル一眼レフへの本格参入に合わせてリリースされた数本のレンズには「Zeiss」のブルーバッチが付与されました。参入当初から「高性能」である事を端的にPRする為、不動の評価を持つ「Zeiss」の看板を巧みに利用した恰好ではありますが、京セラのカメラ事業撤退で先行きに黄信号が灯った「Zeiss」の写真用レンズを存分に利用できるシステムが存続したことは、ユーザーサイドからしても大きなメリットとなったはずです。
 
 登場レンズ中、もちろん単焦点レンズに注目しましたが、CONTAX-N シリーズ用で既にAF化を達成していたPlanarの50mm・85mmよりも、知る限り初のオートフォーカスレンズとなったSonnar 135mm F1.8 ZA への期待が膨らみました。加齢による劣化が進む自身の視力に自信が持てなくなっている事もあって、極薄となる F1.8 解放時の被写界深度下ではマニュアルでのピント合わせは難航必至。ここは素直に文明の利器に頼るのが最適解だと考えたからなのです。実際同レンズを初めて手に取る事になったのは製造中止後になってしまったのですが、フイルム時代のCONTAX Planar 135mm F2 やZF.2マウントのAPO-Sonnar 135mm F2 の試写を行った時と同様、その描写に何とも言えないため息の混じりの感想を抱く事となりました。マウントアダプター併用による試写でこそありますが、ミラーレス一眼のその高いAF精度の恩恵は計り知れないものがあったのです。
 
 さて、その後SONYは他社に先駆けてフルサイズデジタル一眼のミラーレス化へ舵を切り、その際に投入されるレンズにも過去同様にZeiss製レンズのラインナップを展開した訳ですが、Sonnar 135mm F1.8 ZA はミラーレス用のEマウントレンズとして生まれ変わる事は無く、SONYブランドの本レンズ FE 135mm F1.8 GM にバトンを渡す事となりました。同様に、当初Zeissネームで登場した多くのレンズが、現在SONYブランドへ粛々と置き換えられている様にも見えるのですが、「Gレンズ」や「G Master」レンズを中心としたSONYレンズへの高い評価が定着した事で、「Zeiss」という看板に固執する必要がなくなってきた事を意味しているのかもしれません。(本当の理由は知りませんが・・・・)良い機会ですので「G」や「G Master」そして「Zeiss」について、SONYが語るコンセプトをメーカーサイトから拝借してご案内させて頂くとしましょう。

「Gレンズ」

 ハイレベルな写真表現のために、ソニーの光学技術を結集して設計された「Gレンズ」。レンズ性能を大幅に向上させる高精度な非球面レンズをはじめ、色収差を徹底補正するためのED(特殊低分散)ガラス、なめらかで美しいぼけ味を実現する円形絞り、ゴーストやフレアを限りなく抑えるナノARコーティング技術。さらに、操作性に優れたボディデザインや形状など、使い心地も徹底的に吟味。描写性も信頼性もワンランク上の品質基準を目指した、光学テクノロジーの粋を集めたGレンズの描写性能が、高度な写真表現を可能にします。

「G Master」

 画像処理の高速化とデジタル化により進化を続けるカメラの表現力を最大限に引き出すために開発された「G Master」。諸収差を効果的に補正する超高度非球面XA(extreme aspherical)レンズの採用や、従来よりも高い周波数の性能基準などにより、圧倒的な解像性能を追求。Gレンズでこだわってきたぼけをさらに進化させ、とろけるようにぼけていく理想的なぼけ味を実現。細部まで精緻に捉える解像力と、美しいぼけ味、精度とスピードを兼ね備えたAF性能を高次元で融合させたG Masterが、表現者の創造力をさらなる高みへと誘います。

 「Zeiss」

理想的なレンズ性能を求めてソニーとツァイスが共同開発した高性能レンズが「ツァイスレンズ」。光学性能に徹底的にこだわり設計されたツァイスのレンズは、情感まで描写すると言われ、階調、色再現、透明感、立体感、ぼけ味など、被写体の微細な質感までを再現します。また、光の透過率が極めて高い独自の「 T*(ティースター)コーティング」により、画質低下の原因ともなるフレアやゴーストを最小限に抑え、忠実な色再現とヌケの良い卓越した描写を実現します。

 

 新たに「G Master」となった135mm、標榜する美しいボケと究極的な解像度を引っ提げ、さらにAマウントのSonnarと比較して若干ながら軽量化を達成。ほぼ同一のスペックで存在するSIGMAのArtも加えればまさに三つ巴の競演。もう全部購入して日替わりで持ち出したくなる粒ぞろいですから、防湿庫に並べれば、さしずめ後宮を従えた帝にもなった気分にもなるのでしょう。まずは、買うとしたら何れの一本からか?これも究極の選択を迫られそうです。

 

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合焦面の前後に美しいボケの空間が広がる明るい中望遠レンズ。その圧縮された空気感が、被写体との距離感を絶妙な印象で伝えてくれます。85mmや100mmクラスのいわゆるポートレートレンズとは少し違った表情を捉えてくれるので、どちらか一本とは言わずやはり両方持っておきたくなるのが悲しい性。

 

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後ボケを確認する為にわざわざ悪目立ちしやすい駐車場の白線(文字)をフレーム内に。エッジが目立つと合焦部よりも気になってしまう事もありますが、さすがはGMレンズと言った所でしょうか。被写体の情報を適度に残しつつも嫌なエッジの発生は無く、気兼ねなく大きなボケを生かせそうです。

 

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梅雨時の晴れ間でしたが、初秋を思わせる高原の雲。少しばかり絞り込んで塔(避雷針?)全体が被写界深度内に収まるように一枚。後日、日焼け跡がヒリつくような強い日差しでしたが、きつくなり過ぎないコントラストがとても好印象でした。

 

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大柄なレンズですから市街地で振り回すには躊躇しますが、こんな街角のスナップにはとても重宝します。大きなボケが被写体を浮かび上がらせ、繊細なピント面が主題をキッチリとアピール。何処に向けてもいい映像を捉えてくれるので、メモリーカードの残量がみるみる減って行くのを覚えます。

 

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訪れた日は休業だった古書店の軒先。圧縮されたデータからは分かりずらいですが、本の手触りや紙の匂いまでが思い出せそうなのは、緻密に解像されている証。緩い描写で雰囲気を醸し出すタイプの描写も好みですが、高い解像度によるリアリティーによって、物の存在感が濃密に伝わってくるこういった描写ももちろんアリでしょう。

 

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画面全域にとても高い解像度を誇る本レンズですが、絞り込んでも線が太くならず精細な描写を維持します。ダムという巨大建造物が放つ独特の重量感を望遠レンズの圧縮効果で強調。この地元「八ッ場ダム」は完成まで紆余曲折があり話題の尽きなかった事を思い出しますが、現在は観光地としても人気スポットになっています。

 

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前日の豪雨の為か、放水の迫力が半端ではありませんでした。轟音と飛沫が飛び交う中で1/8000秒のメカシャッターによる撮影です。シャープネスが肝となる被写体は感度を上げる事がためらわれるので、思い切って絞りを開けられるのは大口径レンズならではの武器。解放付近でも高い描写力を発揮するGMレンズですから遠慮なく絞りを開けていけます。

 

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ダムの下流には、景勝地として有名な吾妻渓谷が存在します。ダムの放水によってあまりお目にかかれない水嵩となった渓谷は、独特なエメラルドグリーンの流れに満たされとても幻想的でした。

 

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かつて鉄山のあった地域にある駅の遺構。離れた場所の貨車にピントを合わせ、絞りは解放に設定。遠景の被写体でも合焦部のキレによどみがなく、綺麗に結像しているのは見事です。すこし緩目の解放描写を売りとする大口径レンズも多いですが、本レンズは距離や絞りに関わらず高い結像性能をみせてくれる頼もしいレンズです。

 

 

 

SIGMA 135mm F1.8 DG | Art (SONY-E)

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 交換レンズの主流が「単焦点レンズ」だった時代、35mm一眼レフ用の135mm単焦点レンズは望遠レンズの代表格だったと言えます。まだまだ一眼レフカメラが高嶺(高値)の花だった頃に、手の届きやすい価格展開でベストセラーとなったPENTAX SPシリーズなどは、現在買取品として持ち込まれる際、標準レンズと共に28mm F3.5・135mm F3.5 (F2.5) がセットになっているケースが非常に多い事からもその一端は伺えます。現在のデジタル一眼入門セットで言えば、ダブルズームキットの望遠側を担っていたと言い換える事もできるでしょう。被写体の引き寄せ効果、浅い被写界深度、大きなボケ、遠近感の圧縮といった標準レンズとは違う「望遠レンズらしい」表現効果がしっかりと感じる事ができる135mm。さらに効果の大きな200mmクラスとなれば画角を含めて標準レンズとの差が大き過ぎて被写体を選ぶきらいもありますから、汎用性を考えれば妥当な着地点だったのでしょう。

 総じてフイルム当時のカメラメーカーは、そのレンズラインナップに135mm F2.8 もしくは F3.5スペックのレンズを必ずと言って良いほど加えていましたが、本格的にズームレンズが浸透し始めた頃からは、135mmは35-135mmといった標準ズームレンズのテレ端の焦点距離として我々の眼に触れる事が増えました。一方、70-200mmや100-300mmといった望遠ズームレンズにその焦点距離が内包された事で、その存在感は以前に比べると薄まった印象もありました。やがてオートフォーカス化が進み、カメラメーカー各社から明るさ F2.8クラスの80-200mmズームレンズがリリースされ始めると、短焦点の135mmは、誰もが購入する普及価格帯のレンズではなく、明るさ F2 クラスのプレミアムレンズが中心となる、「大口径中望遠レンズ」としての立ち位置を明確化させました。加えて、ソフトフォーカス(Canon EF 135mm F2.8 ソフトフォーカス)やボケにこだわり、主にポートレート撮影に特化したと思われる特殊な肩書を持つレンズ( Nikon Ai AF DC-Nikkor 135mm F2 ・MINOLTA STF 135mm F2.8 [T4.5])が多いのも135mmの特徴となったのです。(上記3レンズは、残念ながら現在は全て製造を終了しています。)

 そしてデジタル化を迎えた現在では、F2 クラスの135mmは、各社で明るさに磨きをかけた F 1.8 クラスへと進化し、価格も含めたプレミア感はさらに増しています。フルサイズミラーレス用としては、Canon・SONY・Nikon 何れのメーカーも135mmには F1.8 を展開。特にNikonは「Plena」という固有愛称を与える力の入れようですから、一週回ってメーカーの看板レンズとしての側面を持ち始めたと言っても良いのかもしれません。本レンズもカメラメーカー各社がミラーレス化を果たす以前にSIGMAを代表するArtシリーズの一本としてリリースされたのですが、フィルター口径82mm・全長約140mm・重量約1.2キロ(Sony-Eマウント)という弩級仕様。機材の重さが気になりだした初老の筆者などにとっては弩M級の重量。小型のカメラバックであれば、本レンズを取り付けたカメラ一台で飽和状態になります。残念ながら、ミラーレス専用設計モデルのアナウンスを待たず、現在全マウントの生産が完了しましたが、驚愕の描写性能を保持しつつ小型軽量化の期待できるDG-DNシリーズへの転生を期待しようではありませんか。

 

 

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写り込む被写体全ての情報を望遠レンズ独特の圧縮された遠近感の中に閉じ込めます。繊維の種類毎によって変化する衣類の質感、ハンガーやイーゼルの木目の調子、ファスナーの金属部品の光沢感、素材の持ち味を容赦・遠慮・手抜き無く結像させることで、街角のスナップに極上のリアリティーを生み出します。紛れもなく「良レンズ」。

 

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似た様な被写体が混在する中ですが、合焦部が綺麗に浮かび上がります。ある程度離れた距離からの撮影ですが、135mm の被写界深度の浅さからくる合焦点後ろのボケと本レンズのキレの良さが上手くマッチしました。

 

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生命の神秘ってやつでしょうか。なぜか一本だけが別の方を向くチューリップに、どことなく親近感を覚えるから不思議です。小雨交じりで厳しい条件下でしたが、こういった状況でなければ得られない映像があるのも事実。せっかくの休日が雨天だと気分も滅入りがちですが、強行して撮影に出かけた事でご褒美にあり付けた気分です。

 

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すこしトリッキーな映像です。ウッドデッキにたまった雨水と池の水面、それぞれに対岸の樹木が反射し写り込んでいます。風がほとんどなく水面が凪いでいたためにまるで鏡を覗いているかのような描写になりました。

 

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遠近感が圧縮されたことも手伝い、鎖の重量感が良く伝わってきます。ボケ方の癖が出やすいタイプの被写体であっても上品な描写です。硬すぎず、柔らかすぎずの好印象。これなら存分に開放絞りを堪能できます。

 

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ショッピングモールでウインドーショッピングがてらの撮影。口径82mmとかなり目立つ外観ですから、人込みでの振り回しは神経を使うのではないでしょうか。おそらくは都会だと速攻「不審者」扱い。こんな時は田舎住まいも悪くは無いと思う瞬間です。

 

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繊細な、という表現がが似つかわしい合焦部の描写。しかしながら頼りなさや儚さではなく、凛とした力強さを感じます。こういった小さな被写体を相手にする際、ミラーレス機のAFはとても頼もしく、被写界深度の浅い望遠レンズであっても解放絞りを躊躇なく使えます。
 

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少々悪ふざけ。合焦部の先鋭度が高いから許される映像でしょうか。当たり前ですが、水面の波紋は刻々と変化し、たとえ秒間10コマ以上の連写であっても同一カットは存在しません。20枚ほどのデータからお気に入りをチョイスするのですが、時間を置いてから選択すると、また違ったカットを選んだり・・・・。こういうのもまた写真の楽しみなんですよね。

 

 

 

SONY FE 90mm F2.8 Macro G OSS (SEL90M28G)

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 車に興味がある方でしたら、トヨタ自動車が販売するGR86(先代名86)はSUBARUが生産するOEMだという事は良く知っておられるのではないでしょうか。分かり易い数字の車名ですから、ナンバープレートをお揃いの「86」番にしている個体にも良くお目にかかりますが、以前に一度だけ「86」ナンバーを付けたSUBARU BR-Zを見かけた事があり、オーナーさんはなかなかにトンチの効いた方だなぁ、と感心したのを覚えています。企業規模・車名の知名度ともに「86」が圧倒的なのでしょうが、なんとなくBR-Zの方を推したくなるのは個人的郷土愛ということでご容赦願えればと。

 カメラやレンズにも当然ながらOEMは存在していますが、販売会社・製造会社ともにその事実を公言する事は一般的には希です。しかしメーカーのホームページや製品のマニュアルで光学系の図面を公表するケースも多い「レンズ」の場合、双方を見比べれば一目瞭然ですからある種「公然の秘密」と言えなくもない場面もあります。少し前の話(と言ってもフイルム時代)になりますが、Leica社の一眼レフRシリーズ用の交換レンズとして発売された Vario-Elmar (バリオエルマー)R 28-70 mm F3.5-4.5 が、日本のSIGMA製 UC ZOOM 28-70mm F3.5-4.5 のOEMなのではないかと言う噂にカメラファンはざわめきました。それもそのはず、定価20万円弱のLeica高級レンズの中身が、高校生のお年玉でも買えた我らがSIGMAのズームレンズ( 0 が一個消える程度のお値段)だと言うのですから。当時の月間カメラ雑誌にも比較の検証記事が載ったほどで、それによると両者の描写傾向は非常に似通ったものでありつつ、Vario-Elmarの方が、解像度や画面平坦性、収差の小ささなどの点で、より優秀な成績を示したという結論を出していたと記憶しています。勿論これはブランドへの過剰な忖度などではなく、使用する鏡筒の部材や品質、組み立て方法や精度にしっかりとコストをかける事によって、OEM元の設計技術の確かさが証明された事実を意味します。現在のSIGMAの礎を改めて確認できたとも言えるでしょうか。できることなら、過去に同レンズを「バリオシグマー」などと囃し立てていた自分に「黙ってSIGMAの株を買っておけ」と伝言する為のタイムスリップをしたいものだと心底思う今日この頃なのです。

 さて、なぜOEMについてスペースを割いたのかと言いますと、それはフルサイズSONY-Eマウント用の中望遠マクロレンズが 90mmという焦点距離でリリースされているからなのです。ご承知の通り、SONYのカメラ事業の源泉はMINOLTA。デジタル一眼レフのαシリーズをリリースするにあたり、当初MINOLTA ( Konika-MINOLTA ) 時代のレンズ資産の多くを引き継ぎました。当然ながらフイルム時代その性能に高い評価を与えられた100mmのマクロレンズも、型番 SAL100M28として継承されています。ミラーレス一眼αの時代へと移り行く中で、それらレンズ群はミラーレス専用設計の新レンズへと置き換えられることになりますが、中望遠マクロとして SAL100M28 を置き換えたのは SEL90M28G 。すなわち90mmへと焦点距離が変更されたのです。察しの良い諸兄であればピンときたかもしれませんが、この新しい90mmのマクロレンズはひょっとしてTAMRON SP 90mm F2.8 マクロ(通称タムQ)のOEMではないか?と想像が働いたのです。TAMRONと言えばSIGMAと人気を分かつ老舗交換レンズメーカー。とりわけ90mmのマクロレンズは、フイルム時代からリファインを続け人気を集める同社の看板レンズですし、SONYはTAMRONの大株主でもあるという資本の繋がりもあるので、これはもう文春ばりの特ダネを掴んだ気にもなりましたとさ。まぁ、その得意気分は両社のホームページ上に公開された各々のレンズ構成図によって一瞬で木端微塵になったのですが・・・・。ちなみに本レンズの登場から遅れて、2024年にTAMRONからもミラーレス専用設計のタムQ(Model F072)が発売され、再び「これは!!!」と思わされたのですが、やっぱり違う光学系というオチ。

 こうして、SEL90M28G 出生の秘密はゾーン0漆黒の闇へと葬られた訳ですが、操作性の非常に良い幅広のピントリングと効果の高いレンズ内手振れ補正の搭載を果たした本レンズは、目下愛用中のMINOLTA 100mm マクロが座る椅子を虎視眈々と狙っているのかもしれないのです。(我家の洗濯機さえ壊れなければ・・・・・・)

 

 

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前後のボケの様子が分かるような被写体を選択。やはりマクロレンズはボケが硬いというのは、すっかり過去の常識になりました。前後均質で柔らかなボケ像は良い塩梅で合焦部を引き立て、金属部材の質感、合焦部の先鋭度も文句の付けようがありません。

  

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円形絞りを採用していますので、少し絞った辺りでも玉ボケが多角形になってしまうのが抑制されています。細かなおしべをキッチリと解像し花びらと葉の質感も見事に描き分けた上で、ボケ像の柔らかさも加わる隙の無い描写。世代交代を余儀なくされたMINOLTAの100mmもこれなら後輩に喜んで道を開けた事でしょう。

 

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最近ではマイクロ4/3用の45mm(画角的にはフルサイズの90mm)を使用する事が多かったので少々油断をしていたのですが、90mmともなると被写界深度は結構浅くなります。ピントを送りながら数カット撮影しましたが、フォーカス位置によって得られる映像がかなり変化する為、奥行きのある被写体の場合はどこに合焦させるか慎重に考えないといけません。フルサイズの撮影は、やはり難しいと実感。質感・立体感ともに美しく、SLならではの機能美をしっかり映像化してくれます。

 

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倉庫内に雑然と並べられた機械部品を俯瞰撮影。驚いたことに、オリジナル画像では部品の下に敷かれた新聞紙の文字を読み取る事が出来るほどに解像されています。6000万画素とそれを生かし切るレンズの性能に再度驚かされました。

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大胆に前ボケを入れました。悪目立ちしやすい小枝ですが嫌な二線ボケにならないところは、さすが「G」レンズと言ったところでしょう。難しい光線状況ですが、すっきりと透明感のある描写です。

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日陰に入るとカメラは少々不安になるシャッタースピードを表示してきます。こんな時は手振れ補正が本当に助かります。フイルム時代は現像後に三脚使用をためらった自分を呪ったりすることもありましたが、手振れ補正+現地での映像確認によって救われたカットが随分と増えました。そういった面でのストレスはデジタルカメラになってかなり軽減されたと実感しています。

 

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フードの内面に反射した斜光が悪さをしたのか、画面上部がちょっとハレっぽい感じになりました。大型のしっかりとしたフードが付属しますが、状況確認を怠った撮影者の非ですね。ハイコントラスト下の硬質被写体ですが、キレキレのガチガチにならないのは意外です。退役した老齢車両への労りさえも感じるような優しい描写です。ポートレート撮影でも「タムQ」の良き好敵手となるでしょう。
 
 
 

SIGMA 20mm F1.4 DG DN | Art (SONY-E)

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 人生も50年を過ぎました。戦国時代ではないですから「終着点」だとは考えていませんが、「折り返し地点」はとっくに過ぎたと思っておくのが、まぁ妥当でしょう。孔子曰くの「天命」はいまだ悟れずじまいですが、「これまでの常識が変わる」といった体験に遭遇する事もそれなりにあった50年です。そして現在、自分の中の「超広角レンズにおける常識」が絶賛変更中なのだ、というのが今回の本題なのです。
 
 「【超】広角」レンズ。35ミリ・フルサイズでは20(21)mm以下の短い焦点距離のレンズの事をこう呼んだりします。その名の通り、非常に広い画角や強烈な遠近感の誇張という描写上の特徴を持ち、視覚とかけ離れた写真ならではのダイナミックな映像を手に入れる事が出来るのが魅力でしょう。焦点距離の短さからくる被写界深度の深さはパンフォーカス撮影を容易にし、スナップや風景の撮影でも存在感を光らせます。「一眼レフ」時代は、レンズ後端とフイルム面との間にクイックリターンミラーを配置すると言う設計上の足枷があったため、主に10mm台の短焦点レンズでは「出目金」などとも呼ばれる巨大な前玉を配した設計を採用するケースが多く、外観にもその「特殊性」がよく表れていました。現在では、新たな光学素材の実用化、様々なレンズ成型や設計技術の向上に加え、デジタル補正の併用やカメラ本体のミラーレス化が設計の自由度を増したことで、外観上の特殊性はかなり薄まったと実感できますし、単焦点よりも設計が困難であるはずのズームレンズでさえ14mmや16mmといった短い焦点距離をワイド端に持つレンズも随分と増えていますから、「短」焦点レンズと言えば「単」焦点が当たり前(ややこしい・・・)だった1980年代に写真を始めた筆者の常識はすっかり過去のものになったと言えます。
 
 スペックや描写性能についても然り。前述の通り、一眼レフ用の超広角レンズには設計上の制約から、主に画面周辺での画質や光量確保といった性能面での課題が残った物も多く、その為描写に「癖」が残ったレンズが多い印象でした。ボケ味を犠牲として解像度を確保したと想像できるようなレンズや、絞り込んでも周辺部の解像度が一向に向上しない物、解放 F値を3.5や4と控えめに設計(描写を損ねる収差の多くは、絞りを小さく(f値は大きく)すると改善される)されたレンズが多くを占めるというのも言わば「常識」だったのです。一眼レフ用Nikkorの20mmを例とすると、登場時は解放 F4だったレンズが後に F3.5 となり、最終的には F2.8 へ到達するなど、そこに光学設計の進歩を見る事が出来るのも特徴の一つと言えるかもしれません。
 
 さて、35mm F1.4 や 50mm F1.4など、これまでカメラメーカー純正の独壇場だった製品へ真っ向から挑戦することで、その歴史を刻み始めたSIGMAのArtシリーズレンズですが、20mmレンズへは「世界初」の明るさを冠して「SIGMA 20mm F1.4 DG」を投入しました。「一眼レフ」用設計の為、出目金スタイル(レンズ前面へのフィルター装着ができない)での登場ではありましたが、設計上の制約も多く描写性能の確保が難しい事を歴史が証明している焦点距離の製品へ、F1.4 というスペックでの降臨ですからその衝撃はなかななの物でした。周辺部での残存コマ収差など幾ばくかの欠点は指摘されるものの、旧製品群とは一線を画す描写性能に再度驚かされたのです。
 
 そして、カメラ本体の本格的ミラーレス化を受け、DNシリーズへの改修を受けた本レンズは、口径82mmのフロントフィルター装着へ対応しただけでなく、外観も大幅に小型化。重量にいたっては400g弱のダイエット(ソニーEマウント対応製品で比較)を果たすなど、ミラーレス化の恩恵を最大限に生かす近代化改修が施されました。描写性能のみならず、フォーカスリングの無効化を設定するスイッチや、結露・凍結防止用の保温装置装着を意識した意匠を採用するなど、曰くの「究極の星景レンズ」として愛好家からの評価を不動のものとしています。無限遠に存在する点光源は写真レンズにとっては最大の難敵とも言えますから、それを制したと言っても良い本レンズへのレビューは一種の不敬罪に当たるのではないかと心配にもなります。直販サイトでの価格137,500円(2025年5月現在)は、スペック・描写性能を考えると、これもまた「常識」外のバーゲンプライスという事になるのかもしれません。
 
 
 

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画角の広いレンズを手にすると、とりあえず空を見上げてしまう単純な筆者。雲のディテールを残したいので、かなり暗めな露出値を選びます。少し絞れば周辺部まで全域が超高解像度となる優秀なレンズです。星空を撮影する機会は殆どありませんが、本レンズが星空を撮影する為の究極の一本である事は、日中の撮影であっても存分に証明されていると感じます。

  

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20mmという焦点距離でボケを意識した撮影ができるのは、1.4と言う解放 F値最大の恩恵。「超広角+解放絞り=欠点や癖の見本市」という図式は完全に過去の物に。合焦部の解像度は解放から十分な実用性を誇り、奥行きを増すごとに大きくなるボケ像も非常に素直です。隔世の感という言葉は、こんな時に使うのだなぁと実感。

 

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薄暗がりでも頑なにISO感度を上げないのは、フイルム時代に写真を撮りすぎた古い人間の性なんですかねぇ。1.4の解放絞りがとても有難く感じるのです。20mmとはいえ、解放ではさすがに被写界深度が浅くなりますから、雑なピント合わせはご法度ですね。

 

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ほぼ最短に近づいての解放描写。胸像の眼の部分にフォーカス。背景部分は細かな凹凸を含んだレリーフ、さすがに乱れたボケ像を覚悟したのですが。。。。。

 

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塗装修繕中の電気機関車です。塗料の飛沫が外部へ飛散しないよう目の細かい防護ネットが張ってありますが、その微細な編み目を周辺まできっちりと解像しているのはもはや脅威に感じます。開放から十分に実用になるシャープネスを誇りますが、絞り込めばさらに先鋭度を増します。

 

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ボケ像が想像を超えて素直なので、なんとか欠点を見つけてやろうと悪意を持って撮影した倉庫のカゴ車です。なんでこんなに普通に写ってしまうんでしょうか。完敗です。

 

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水準器も三脚も使わず、ファインダーの映像とカンに頼っての撮影です。デジタルでの歪曲収差自動補正を利用していますが、20mmレンズの描写として、かつては想像もできなかった様な端正な画像が入手できます。最近は三脚の出番がめっきり減りましたが、ここまでレンズの素性が良いと、しっかりと三脚を使用して、水平・垂直を追い込みたくなります。学生時代の建築写真の講義を思い出しました。

 

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通常の撮影では、小型のセンサーを採用したマイクロフォーサーズの画像に不満を抱く事はありませんが、遠景の被写体が小さく写ってしまう超広角レンズでは、フルサイズセンサーの大きさに由来する「ゆとり」の様な物がアドバンテージとして確かに存在するのだろうと感じています。遥か遠くの高圧線鉄塔も、非常にリアルに描写されます。

 

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ボケを効果的に利用出来ることで、今まで向き合えなかった被写体に出会えることができます。撮影の幅を広げ、表現の引き出しを増やしてくれるてくれるレンズとの出会いは、何とも言えない高揚感を与えてくれます。

  
 
 

SIGMA 85mm F1.4 DG DN | Art (SONY-E)

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 「単焦点レンズが欲しいんですけど」・・・・・

そんな、主に若い世代のお客様のご来店を頂くことが増えました。

 「はい、ではこちらになります」

とおもむろにReflex Nikkor 2000mm F11(全長約600mm・口径約260mm 重量約17.5Kg)を持ってくるほど、小生根性が歪んでもいませんので、

 「どんな物を撮りたくて、何mmぐらいのレンズをお探しですか?」

と、深堀します。すると

 「写真始めたばかりで、そういうの良くわからなくて・・・・」

 

 これまで「単焦点」レンズを欲するお客様は「135mmのレンズで、明るめのレンズってありますか?」といった具合にある程度は商品やスペックを絞った相談を頂く、いわば写真撮影の経験をそれなりに持つ方であるケースが多かったので「良くわからなくて・・・・」に、当方少々面を食らいます。その後しばらく会話を続けると、どうやらネット上のブログ記事・インスタやXの投稿・インフルエンサーの動画レポートなどで、「単焦点は明るい」「単焦点はボケる」「単焦点は良く写る」といった様なワードに感化され、「単焦点レンズ」を欲しくなってはみたものの、実際「単焦点レンズ」とは何ものなのか、当のお客様は完全には理解してはおられないのだ、という結論に達します。

 そもそもの写真用レンズは「単焦点」が原点で、フランス人ダゲールによる銀板写真の発明(1839年)を始点とするのであれば、ズームレンズの始祖フォクトレンダー・ズーマー 36-82mm F2.8の登場(1959年)までの120年は「単焦点」レンズしか存在しなかった計算になります。老害認定を受ける世代に片足突っ込んでいる筆者などは、いまだにズームレンズの方が特別なレンズといった感覚を捨てきれずにいますが、ここ30年(2025年現在)でズームレンズのセットを購入して写真を始められるようなスタイルがすっかり定番化した事で、「カメラ」が「デジタルカメラ」の代名詞となったのと同様、「レンズ」という言葉の中へと「ズーム」が内包されたと考えるのが自然な流れなのかもしれません。逆説的には「単焦点」という言葉に、時代背景によって新たな特殊性が付与されたと言い換えられるでしょう。こう考えれば「単焦点レンズが欲しいんですけど・・・」からの一連の流れはなるほど腑に落ちる話。誰もが持っているズームレンズではない、その特殊な言葉の響きをもったレンズにトキメキを抑えられなくなったのでしょう。

 さて、単焦点レンズ数本から時に10本以上にまで値する画角を自在に扱えるることはもちろん、昨今は物理的な性能も十分以上に高く、過去「単焦点」レンズの独壇場とも言えた明るさ、それさえ匹敵する製品もちらほら見かけるようになるなど、ズームレンズの実用性・利便性・普及度は高まりました。大三元レンズなどとも言われるように、超広角から望遠まで F2.8クラスの明るさを持った3本のレンズで賄えることも当たり前です。結果として「単焦点」レンズの特殊性は、ある意味より際立ってきたとも言える昨今、SIGMAはそのラインナップの頂点であるArtシリーズに「単焦点」をこれでもかと揃えています。本レンズのような85mm F1.4 クラスと言えば、かつてはメーカー純正にしか存在しない一種花型レンズの代表で、どちらかと言えばレンズメーカーが手を出さないスペックの製品でした。「Art」シリーズは、そんな過去の不可侵領域においてその存在感をますます増しています。SIGMAのレンズが使えるならボディーメーカーにはこだわらない。現在そんな考え方も、決してマイノリティーではなくなったのでしょう。SIGMAの「Art」できっと新しい自分に出会えるに違い無いのです。

 

 

 

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被写体は人物ではないですが、「ポートレートレンズ」としての存在価値を存分に感じられる一枚。繊細なピントを見せる合焦面と、前後になだらかに広がるボケ像。距離の離れた背景は溶ける様に滲み、印象的な玉ボケが良いアクセントになります。かつて、カメラ雑誌の表紙を飾ったアイドルポートレートに写真家への憧れと尊敬の念を抱いた少年時代を思い出します。

  

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開放 F1.4 では大口径中望遠らしく被写界深度は極薄で、合焦点から少し離れた位置でも大きなボケを発生させます。奥行のある被写体では、ピントの合った場所の面積は非常に僅かとなるため、作者の狙いに直結した構図を作り易いとも言えます。

 

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背景には実際は小枝が写っているのですが、大きなボケによって川の流れをスローシャッターによって写し留めたような描写になりました。肉眼では実現されない大きなボケを伴った画像は、まさに写真ならではの表現。実際にファインダーを覗いて初めて気づく世界があるのも写真の醍醐味ではないでしょうか。

 

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十字架が想像される被写体を目にすると、思わず写真を撮りたくなる性分。駐車所に置かれたコーンの一部に近接して撮影。最短撮影距離は85cmと無難かもしれませんが、その領域でも描写力に陰りは見えません。被写界深度は激薄になりますので、息を殺して撮影。風化した樹脂の独特な質感が何とも言えません。

 

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大口径中望遠レンズですから解放絞り付近での描写性能に注目するのは当然ですが、絞り込んだ時の強烈な高解像度の描写についても追記しなければなりません。ほぼ逆光に近い条件ですが、壁面のコンクリートの砂粒や気泡による微細な凹凸を寸分の隙も無く描き切る細密描写が、画の力強さを土台から見事に支えてくれます。モニターで拡大しても全く破綻を見せない画像に思わず「エグいな~~~~」と声が出ます。

 

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絞りによって描写の表情に変化を見せるレンズを「絞りの効くレンズ」なんて言ったりもします。最近の高性能なズームレンズは、開けても・絞っても変化の少ない高性能ぶりを発揮してくれますが、単焦点レンズ、特にその解放描写には性能数値には表れない独特の「味」とも言うべき成分が宿り、手元にはそんなレンズたちが多く残っていきます。

  
 
 
 

SIGMA 105mm F2.8 DG DN MACRO| Art (SONY-E)

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 Macro < マクロ > レンズと言えば、(Nikonでは伝統的にMicro < マイクロ > と表記しますが、詳しくはニッコール千夜一夜物語を紐解いてくださいませ)主たる存在目的は「接写」という事になるでしょうか。被写体に接近して撮影することで、小さな被写体をより大きく撮影する事をマクロ撮影と言ったりもしますが、なぜ一部のレンズにその名が冠されるのでしょうか、釈迦になんとやらかもしれませんが一応概略など以下に・・・。

 写真用のレンズには最短撮影距離という、それ以上被写体に接近できない(ピントを合わせる事が出来ない)限界の距離が設定されています。この設定にはレンズの先端が被写体に物理接触をしない事も大前提ですが、その撮影距離における描写性能がしっかりと保証されているという大切な理由も存在します。このため一般的な被写体を想定して設計されたレンズであれば、おおまかにそのレンズの焦点距離を10倍したあたりの値がひとつの目安(50mmのレンズであれば50cm、100mmのレンズなら1mといった具合)になるのですが、実際この程度の接近ではマクロ(拡大)撮影とは程遠いのです。被写体にもっと接近し拡大率の高い映像を得るためには、描写性能のピークを近距離側へ寄せ、最短撮影距離を縮めた設計が必要になるのです。そして、こうして特別な設計を施されたレンズに「マクロ」の冠が与えられる事になるのです。

 マクロレンズは近接撮影時の高い性能を確保する為の制約上、その殆どが単焦点レンズとなり、また近似焦点距離の一般レンズに比べ、解放 F値は大きく(暗く)なるという傾向がありますが、ミラーレス一眼の登場によってレンズ設計は劇的な進化を果たしていると感じる昨今でも、最新設計を施された本レンズでさえ解放 F値が変わらず2.8と抑えられている点に、マクロレンズに課せられた描写性能の敷居が相当に高い事が想像できます。だからこそとも言えますが、マクロレンズに関してはその性能の高さが評価されてきたレンズがフイルム時代から多く存在しています。レンズメーカー製の近似スペックレンズに限っても、揺るぎない定評のあるTAMRON SP90mm F2.8(旧製品は F2.5:通称タムキュー)や、カミソリマクロの異名を与えられた同社製マクロレンズ、70mm F2.8 EX DGといったところがすぐに思い浮かびます。従って、他の「Art」を冠するレンズ使用時に受けた強烈なイメージも残る中、ミラーレスに特化された本レンズへの期待値は相当に高いものとなったのは極めて自然な流れでした。

 外観は焦点距離の数値から判断する以上に「長い」印象。懐の深いフードを装着すれば、200mmレンズを思い浮かべるほどノッポな外観に。その長い鏡筒を活かしたとも言える全長の半分ほどを占める幅広マニュアルフォーカスリングは、操作感も滑らか且つ適度なトルクで好印象。嫌なアソビも無いので、AFに頼り切れない場面が多い接写時もストレス無く操作可能です。スイッチや絞りのクリック感も、他のArtレンズ同様に高いビルドクオリティーによって支えられた安定・安心感があり、「モノ」としての存在感も極上です。肝心の描写性能は想像のさらに上を行くもので、開放では前後の美しいボケの中に浮かんだ極薄のピント面が、ある種の儚さを纏った趣で立ち上がり、一段絞ってあげれば、増した解像感が被写体の細部まで描き切ります。前後のボケ像も均質に美しく広がり、「マクロレンズ=硬いボケ」だった過去の定石などは木っ端微塵と言えましょう。

 フルサイズα用の中望遠マクロは2025年現在で、純正のレンズ内手振れ補正を搭載した90mmマクロ、ミラーレス特化を果たした最新タムキューを加えたまさに三つ巴。クレオパトラ・楊貴妃・小野小町を前にして、いったい誰が簡単に順位なんて付けられるというのでしょうか。

 

 

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最近ではマイクロフォーサーズフォーマットでの撮影が多いので、105mmと言うレンズの被写界深度の浅さにあらためて驚いています。その深度の浅さから極薄のピント面の解像度の高さが際立ち、繊細なタッチがアニメのセル画(これも死語に近いですかね)を見せられているかのように印象的です。無論合焦面だけでなく、前後のボケ像も周辺まで崩れない高品位な映像を得られます。

 

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さすがはシグマを代表するArtシリーズ。高い解像度と美しいボケ味で、日常の風景を叙情的に切り取ってくれます。「マクロレンズ=接写が得意」ではありますが、極端な接写でなくとも寄れる中望遠レンズとしての存在価値が非常に高いのが100mm前後のマクロレンズです。

 

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マクロレンズと言えば自ずと高い解像度を期待するものです。SIGMAレンズにはその強烈な解像感から「カミソリマクロ」の異名を持つ70mmのマクロレンズも存在しますが、本レンズも決して引けを取らない高い解像力を誇ります。オリジナル画像を拡大すれば、木製の柵に打たれたボルトのネジ溝までクッキリと解像しているのを確認できます。

 

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「鳥肌もの」なんて表現をしますが、本当に鳥肌が立つような妖艶な描写。均質な前後のボケが醸し出す絶妙な立体感と、極端にアンダーに振った露出を受け止める豊富な諧調。ポートレートにも使えるマクロレンズとしては、不動の人気を誇るTAMRON製90mmマクロレンズ(通称タムキュー)を思い出しますが、本レンズも相当に高いポテンシャルを秘めていそうな予感アリです。

 

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映像を邪魔しない良質なボケ像によって、合焦面だけが浮かび上がる特徴的な描写を見せます。ミラーレス一眼への特化で旧来のシリーズとは似ても似つかない光学系を手に入れた本レンズには、レンズ内手振れ補正機構が内蔵されないので、ボディー内手振れ補正を前提とした設計と言えますが、そこには究極の光学性能を手に入れる為の取捨選択もあったのだろうと想像できます。

 

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開放絞りは F2.8。口径食の影響も悪目立ちはしない印象でしょうか。周辺では丸ボケに多少の変形を認めますが、エッジの柔らかいボケ味も功を奏し癖はほとんど感じません。ピントの合った紅葉の葉と背景の葉の間に感じる空気感も良い感じです。標準系のマクロと比べボケの大きな中望遠のマクロは、画面整理がやり易くマクロデビューにもおすすめです。

  
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わずかばかり木漏れ日の当る巨木に寄り添う蔦。かなりの悪条件ですが、ボディー内手振れ補正を頼りに撮影にした一枚。105mmレンズとしては長めの外観を有し、フード無しでも全長は約135mm、フード装着時の姿は200mmクラスのレンズに。しかしながら細身な鏡筒は遊びの無い極上のマニュアルフォーカスの操作性も加わって、微妙なピント調整が必要な接写時の保持バランスはなかなかの物です。
 
 

プロフィール

フォトアルバム

世界的に有名な写真家「ロバート・キャパ」の著書「ちょっとピンボケ」にあやかり、ちょっとどころか随分ピント外れな人生を送る不惑の田舎人「えるまりぃと」が綴る雑記帳。中の人は大学まで行って学んだ「銀塩写真」が風前の灯になりつつある現在、それでも学んだことを生かしつつカメラ屋勤務中。

The PLAN of plant

  • #12
     文化や人、またその生き様などが一つ所にしっかりと定着する様を表す「根を下ろす」という言葉があるように、彼らのほとんどは、一度根を張った場所から自らの力で移動することがないことを我々は知っています。      動物の様により良い環境を求めて移動したり、外敵を大声で威嚇したり、様々な災害から走って逃げたりすることももちろんありません。我々の勝手な視点で考えると、それは生命の基本原則である「保身」や「種の存続」にとってずいぶんと不利な立場に置かれているかのように思えます。しかし彼らは黙って弱い立場に置かれているだけなのでしょうか?それならばなぜ、簡単に滅んでしまわないのでしょうか?  お恥ずかしい話ですが、私はここに紹介する彼らの「名前」をほとんど知りませんし、興味すらないというのが本音なのです。ところが、彼らの佇まいから「可憐さ」「逞しさ」「儚さ」「不気味さ」「美しさ」「狡猾さ」そして時には「美味しそう」などといった様々な感情を受け取ったとき、レンズを向けずにはいられないのです。     思い返しても植物を撮影しようなどと、意気込んでカメラを持ち出した事はほとんどないはずの私ですが、手元には、いつしか膨大な数の彼らの記録が残されています。ひょっとしたら、彼らの姿を記録する行為が、突き詰めれば彼らに対して何らかの感情を抱いてしまう事そのものが、最初から彼らの「計画」だったのかもしれません。                                 幸いここに、私が記録した彼らの「計画」の一端を展示させていただく機会を得ました。しばし足を留めてくださいましたら、今度会ったとき彼らに自慢の一つもしてやろう・・・そんなふうにも思うのです。           2019.11.1

The PLAN of plant 2nd Chapter

  • #024
     名も知らぬ彼らの「計画」を始めて展示させていただいてから、丁度一年が経ちました。この一年は私だけではなく、とても沢山の方が、それぞれの「計画」の変更を余儀なくされた、もしくは断念せざるを得ない、そんな厳しい選択を迫られた一年であったかと想像します。しかし、そんな中でさえ目にする彼らの「計画」は、やはり美しく、力強く、健気で、不変的でした。そして不思議とその立ち居振る舞いに触れる度に、記録者として再びカメラを握る力が湧いてくるのです。  今回の展示も、過去撮りためた記録と、この一年新たに追加した記録とを合わせて12点を選び出しました。彼らにすれば、何を生意気な・・・と鼻(あるかどうかは存じません)で笑われてしまうかもしれませんが、その「計画」に触れ、何かを感じて持ち帰って頂ければ、記録者としてこの上ない喜びとなりましょう。  幸いなことに、こうして再び彼らの記録を展示する機会をいただきました。マスク姿だったにもかかわらず、変わらず私を迎えてくれた彼らと、素晴らしい展示場所を提供して下さった東和銀行様、なによりしばし足を留めて下さった皆様方に心より感謝を申し上げたいと思います。 2020.11.2   

The PLAN of plant 2.5th Chapter

  • #027
     植物たちの姿を彼らの「計画」として記録してきた私の作品展も、驚くことに3回目を迎える事ができました。高校時代初めて黒白写真に触れ、使用するフイルムや印画紙、薬品の種類や温度管理、そして様々な技法によってその仕上がりをコントロールできる黒白写真の面白さに、すっかり憑りつかれてしまいました。現在、フイルムからデジタルへと写真を取り巻く環境が大きく変貌し、必要とされる知識や機材も随分と変化をしましたが、これまでの展示でモノクロームの作品を何の意識もなく選んでいたのは、私自身の黒白写真への情熱に、少しの変化も無かったからではないかと思っています。  しかし、季節の移ろいに伴って変化する葉の緑、宝石箱のように様々な色彩を持った花弁、燃え上がるような紅葉の朱等々、彼らが見せる色とりどりの姿もまた、その「計画」を記録する上で決して無視できない事柄なのです。展示にあたり2.5章という半端な副題を付けたのは、これまでの黒白写真から一変して、カラー写真を展示する事への彼らに対するちょっとした言い訳なのかもしれません。  「今日あっても明日は炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこのように装ってくださるのなら、あなたがたには、もっと良くしてくださらないでしょうか。」これはキリスト教の聖書の有名な一節です。とても有名な聖句ですので、聖書を読んだ事の無い方でも、どこかで目にしたことがあるかも知れません。美しく装った彼らの「計画」に、しばし目を留めていただけたなら、これに勝る喜びはありません ※聖書の箇所:マタイの福音書 6章30節【新改訳2017】 2021年11月2日

hana*chrome

  • #012
     「モノクロ映画」・「モノクロテレビ」といった言葉でおなじみの「モノクロ」は、元々は「モノクローム」という言葉の省略形です。単一のという意味の「モノ」と、色彩と言う意味の「クロモス」からなるギリシャ語が語源で、美術・芸術の世界では、青一色やセピア一色など一つの色で表現された作品の事を指して使われますが、「モノクロ」=「白黒」とイメージする事が多いかと思います。日本語で「黒」は「クロ」と発音しますから、事実を知る以前の私などは「モノ黒」だと勘違いをしていたほどです。  さて、私たちは植物の名前を聞いた時、その植物のどの部分を思い浮かべるでしょうか。「欅(けやき)」や「松」の様な樹木の場合は、立派な幹や特徴的な葉の姿を、また「りんご」や「トマト」とくれば、美味しくいただく実の部分を想像することが多いかと思います。では同じように「バラ」や「桜」、「チューリップ」などの名前を耳にした時はどうでしょうか。おそらくほとんどの方がその「花」の姿を思い起こすことと思います。 「花」は植物にとって、種を繋ぎ増やすためにその形、大きさ、色などを大きく変化させる、彼らにとっての特別な瞬間なのですから、「花」がその種を象徴する姿として記憶に留められるのは、とても自然な事なのでしょう。そして、私たちが嬉しさや喜びを伝える時や、人生の節目の象徴、時にはお別れの標として「花」に想いを寄せ、その姿に魅了される事は、綿密に計画された彼らの「PLAN(計画)」なのだと言えるのかもしれません。  3年間に渡り「The PLAN of Plant」として、植物の様々な計画を展示して参りましたが、今年は「hana*chrome」と題して「花」にスポットを当て、その記録を展示させていただきました。もしかしたら「花」の記録にはそぐわない、形と光の濃淡だけで表現された「モノクローム」の世界。ご覧になる皆様それぞれの想い出の色「hana*chrome」をつけてお楽しみいただけたのなら、記録者にとってこの上ない喜びとなりましょう。                              2022.11.1

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