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2026年9月

50mm F3.5 L39 Mount (Elmar-Copy?)

Uc

 

 

 

 シリアルナンバー・製造番号(以降シリアルと表記します)と呼ばれている数字・文字の羅列は、カメラやレンズの殆どに打刻や記載、あるいはシール等で貼り付けられている「その個体だけに」与えられた特別な数値・記号の事です。一般の方には馴染みが薄いかもしれませんが、我々業界の人間からすればそれを目にする事が無い日は無いといっても過言ではないでしょう。シリアルは商品名とセットになることで個体識別の働き(マイナンバーの様なモノですね)をしてくれますから、入庫・出庫の伝票には必ず記載しますし、販売時の保証書や修理品の預かり票などにも必須です。近年は新品購入時にメーカーサイトでシリアルを登録する事によって保証書の効力が有効化や延長されたり、時にはキャッシュバック等の特典が受けられるといった場面で利用することもあるかと思います。筆者の勤め先の様に中古カメラを買い取る業種においては、買い取ったカメラ・レンズに関する情報として、シリアルを「古物台帳」に記載する事が、盗品の流通防止や被害の回復を目的とした「古物営業法」で定められているため、その扱いには結構神経を使ったりもするのです。

 シリアルを書き写す際は、0・6・9 や 1・7 と言った数字は雑に記載すると間違えて判読されてしまう事もありますし、アルファベットを併用したナンバーでは、2・Z や、0(ゼロ)・D・P・O(オー)・Qさらに、1 (アラビア数字のイチ)と I(アルファベットのアイ)、B と13 なども気を付けて判別・記録しなければならないので随分と厄介なのです。ですから、製品の優劣や好みなどとは全く関係なく、シリアルに数字とアルファベットを併用する Pナソニック様と Oエムデジタル( Oリンパス)様および Fジフイルム様にRコー様・突如シリアルの桁数を爆増した Cヤノン様・販売する Zeiss 製品には何故かレンズと鏡筒に違うシリアルが記載されている Sニー様・刻印が異常に小さくしかも薄く、老眼スレイヤーの二つ名を持つ Sグマ様・且つ、製品ごとに記載する場所をコロコロと変更しては我々を おちょくる 悩ませる Tムロン様に比べると、7桁程度のスマートな数字のみのシリアルを利用し続けてくれている、 Pンタックス様(現:Rコー様のブランド名)と Nコン様(合唱コンクールではありません)、さらに忘れてはいけません、 Lイカ様の事がとても、とても愛おしいと思えてくるのです。(私だけ?)

 ところで、このシリアルは製造された順に番号を増やして行くスタイルが基本でしょうから、例えば7桁の場合は一番最初の一台が「0000001」、4649台目は「0004649」といった具合に表記されます。上位1~2桁に製造数と無関係な特定の数字を入れる「100001」や「3004649」というパターンも多くみられるでしょうか。極端に若い番号の個体やキリ番、ゾロ目等の個体は、展示品や贈答品として利用される事もあるようですし、市場にある中古品にプレミアが付く事もめずらしくありません。Leica においては、最初期の3桁シリアルの時代から連綿と受け継がれ、重複がないシリアルからモデル名と製造年が特定できるため、自分と同じ生まれ年のボディーを手に入れるというマニアックな購入方法が存在する程です。「Nikon」の名を広く世界に知らしめたフイルム一眼レフカメラ「Nikon F」はそれまで製造されていたレンジファインダー機の製造番号に続き、キリの良い「6400001」からシリアルを打ってあるという事ですが、その極最初のモデルのおよそ1000台程は「640万台」の中でも特別なコレクターズアイテムとなっています。たかが番号の羅列ではありますが、シリアルにはこういった側面も存在しているのです。

 昨今では、前述したようにシリアルの桁数を増やしたり、アルファベットを併用するケースも増えていますが、これにはシリアルに別の新たな情報を加えていることが容易に想像できます。国内外に多数の生産拠点を持ち、一製品当たりの製造数も格段に増えた現在では、シリアルに生産年や製造した工場の場所、そのラインやロット、加えて製品のサイレントアップデート(告知されないない製品の途中改良)といった情報をあらかじめ内包できれば、流通後の様々なサービス面において精度とスピードを上げるといった利用法が生まれるからです。製品に特定の不具合が発生した場合なども、その原因特定やリコール情報の速やかな告知といった場面で活用されているのも近年良く見る光景です。さらに進めれば、文字の羅列ではなくQRコード化等によって固有のサイトと連携させることで、対応アクセサリーの情報案内や購入への誘導、ファームウエアのアップデートチェック等々、利便性向上や新たなビジネスチャンスといった発展も見込めるかもしれません。

 さてこのように、普段からシリアルと深く付き合っている?ものですから、その表記にいつもと違う雰囲気を感じ取ると、思わず仕事の手を留めてしまうのも我々中古業界に身を置く人間の性と言えるかもしれません。ごく初期の Leitz Elmar の様に一体型のボディー用に制作されたたレンズを流用したため元々シリアルが付けられていないという特例もありますが、例えば他の製品が数字のみの表記なのに、ある個体だけ先頭や末尾にアルファベットが追加されていたり、桁数が不自然に多い、また少なかったり、刻印の色が通常品と異なるといったような個体に遭遇すると、その素性・正体が気になってしまい、目覚ましを待たずに毎朝5時30分には目が覚めてしまうという日々が延々と続く事になるのです。(老化ではなく)

 本項で紹介するレンズも、そんなシリアルへの違和感から過去に販売を一時保留していた一本。(現在は無事に嫁ぎ先へ・・・)戦前の Leitz 製品を手本(模倣)にしたと容易に推察される外観を持ちながら、銘板には見知った国内ブランドの掘り込みを有していたため、当初はロシア製のインダスターのようなコピーライカレンズを想像したのです。ところが一方で、作り込みの精度や文字の掘り込みの緻密さから安易な模造品とは思えなかったのも事実。結局のところその正体を完全に暴く情報の入手には至らなかったものの、その製造年代から本レンズの登場背景はおおよそ以下の通りと想像されます。

 大戦前夜の日本、国際社会からの孤立に伴い輸入に頼っていた物資や機器の国産化が急務となります。とりわけ偵察や記録といった軍務で利用される光学機器はその筆頭で、国や軍が主導となって新たな会社が興され、様々な製品の開発・製造が行われました。外貨獲得の目的からも民生品としてカメラ製造が本格化したのもこの時期からで、耳馴染みのある光学機器メーカーが多数誕生することになります。「技術の基本は模倣から」とも言われますから、軍需、民需問わずに、当時すでに世界で高い評価を受けていた「Leica」「CONTAX」といったドイツ製のカメラ・レンズは最優先で研究対象となったのでしょうし、それらを手本としたサンプルやコピーが数多作られては消えていったはず。シリアルへの違和感から出会ったこの和製 Elmar も、おそらくはそんな一本だったのでしょう。もし想像通りに当時の設計者・技術者の見た夢の片鱗を時代を超えて覗く事ができたのであれば、それは僥倖以外の何物でもないのです。

 

 

参考画像は、最後の一枚を除いてカメラデフォルトのモノクロ設定 JPEG撮って出し。カラー画像はRAWデータにノイズ除去のみ施した物になります。

Dsc_5026

完成後、すっかり地元の景勝地となった「八ッ場ダム」、「やんばダム」と読みます。政権交代の影響で建設工事が凍結され、橋脚だけが完成した状態で放置された映像が記憶にある方もいらっしゃるかもしれませんね。画面右に写る橋がその完成形です。絞りはおよそ f 12.5 のあたり。(レンズ本体は大陸表記なので、見慣れた 8 や 11 ではない)パンフォーカスを狙っての設定ですが、被写界深度には入っているハズの手前のブイや右奥の山肌などの解像度は思った程上がらず望んだパンフォーカスとはなっていません。(最新レンズと比較した等倍確認での話で、実使用では問題ないレベルかと)

ノンコートのレンズですから、全体のコントラストも実際の様子から見ればかなり低く、真夏の晴天下とは思えない程。この辺りには設計の古さといった部分が影響しているのでしょう。しかし、順光線下においても、湖岸や水面の描写には奇妙な立体感が宿り、映像全体からは極上のリアリティの高さを感じます。学生時代には過去に撮影された「古いモノクロ銀塩写真」に触れる機会が沢山ありましたが、その時に感じた映像への「古さ」の理由の一つに当時のレンズが持つ描写特性が大きく関わっている事を再認識する事に。

 

Dsc_5022

ダムの壁面に奥行を伴って解像力をテストするのに都合が良い階段が取り付けられていました。絞り込んでの撮影ですが、思った程に周辺の描写力が向上しないのは、手すりの描写から判別できます。しかし、中央部は鋭い解像力を発揮し、2000万画素を超えるセンサーに引けをとりません。大別すれば、鷹の眼と呼ばれた Tessar に類する設計の Elmar を手本とした事を裏付けることになるのでしょう。(分解した訳ではないので、あくまで推測ですけどね) 

 

Dsc_5046

雲のディーテールが出せるよう、思い切って露出を切り詰めます。コントラストは元々低いレンズですが、シャドーがここまで落ちるとしっかりと重厚なイメージを作ってくれます。絞りは f 8 辺りまで絞っていますので良像域の解像度は相当高く、ダム上部の手すりやコンクリートの継ぎ目といった細かい部分の描写はとても気持ちいいですね。

 
Dsc_5197

古いレンズには、古い被写体を引き付ける力でも付与されているのでしょうか。撮影に訪れた避暑地に、オジサマには妙に刺さる懐かしの旧車が。きちんと整備されれば現在では非常に高値で取引されることもあるレア物件です。お約束の赤x黒ツートンではなく、銀x黒ツートンの塗装も渋くて素敵でした。コレ乗って帰れれば、道中の信号全部「青」になってくれるからさぞかし楽なんでしょうねー。描写の事何も語ってないですけど。

 

Dsc_5121

ヘリコイドによる繰り出し機構を持ったマウントアダプターを併用しましたので、本来1メートルである本レンズの最短撮影距離を超えた接写も可能となりました。良像域を出ないぎりぎりのラインに被写体を入れましたが、近接でも中心部の高い解像力は維持されています。

 

Dsc_5154

カラーでの実写も極端な色の偏りを感じない素直な物となります。カラーフィルムの存在しない時代のレンズですが、コーティングがされていないという事は、こういう面ではプラスに働くのでしょうか?全体的には発色はおとなしく緩いコントラストで描かれますので、一般的なネガフイルムでの撮影に似た結果となります。

 

Dsc_5150

ボケ描写は、ややグルグルとしたものになります。極端に形状が歪むほどではないですが、個人的には苦手な部類ですね。まぁこのレンズ本来の使用目的とは外れているかもしれませんが、背景の描写には少し気を使うでしょう。って、再び手元にやって来ることは無いと断言できますが・・・。

 

Dsc_5127

歪曲収差も実用上問題ないレベルに収まっています。こういった平面的な被写体を撮影すると、周辺部へ向けての解像度低下はとてもなだらかなのがお分かりいただけるでしょう。そもそも人間の視界も周辺部の認識は曖昧でしょうから、むしろこちらが自然体と言えるのかもしれないですね。

 

Dsc_5184明暗差が大きい状況ですと、ノンコートレンズらしいハレーションとコントラスト低下が際立ち独特の描写に。食堂の使い古された調度品との相性は最高で、いわゆる「昭和レトロ」感モリモリの描写を楽しめます。原色の発色も渋く引き締まらないシャドー部に郷愁が漂います。

 

Dsc_5109

最後に少し悪戯をして画像処理ソフトで微修正を。「かすみの除去」メインに多少コントラストを整え色調の偏りを直しただけで、現代的なスッキリとした画像となります。周辺部の解像度低下に目くじらを立てなければ必要十分でしょう。なんだったら、高倍率ズームのコンデジクラスであれば蹴散らせるほどに高い画質と言えます。素性が良いとはこういう事を言うのでしょう。

 

 

プロフィール

フォトアルバム

世界的に有名な写真家「ロバート・キャパ」の著書「ちょっとピンボケ」にあやかり、ちょっとどころか随分ピント外れな人生を送る不惑の田舎人「えるまりぃと」が綴る雑記帳。中の人は大学まで行って学んだ「銀塩写真」が風前の灯になりつつある現在、それでも学んだことを生かしつつカメラ屋勤務中。

The PLAN of plant

  • #12
     文化や人、またその生き様などが一つ所にしっかりと定着する様を表す「根を下ろす」という言葉があるように、彼らのほとんどは、一度根を張った場所から自らの力で移動することがないことを我々は知っています。      動物の様により良い環境を求めて移動したり、外敵を大声で威嚇したり、様々な災害から走って逃げたりすることももちろんありません。我々の勝手な視点で考えると、それは生命の基本原則である「保身」や「種の存続」にとってずいぶんと不利な立場に置かれているかのように思えます。しかし彼らは黙って弱い立場に置かれているだけなのでしょうか?それならばなぜ、簡単に滅んでしまわないのでしょうか?  お恥ずかしい話ですが、私はここに紹介する彼らの「名前」をほとんど知りませんし、興味すらないというのが本音なのです。ところが、彼らの佇まいから「可憐さ」「逞しさ」「儚さ」「不気味さ」「美しさ」「狡猾さ」そして時には「美味しそう」などといった様々な感情を受け取ったとき、レンズを向けずにはいられないのです。     思い返しても植物を撮影しようなどと、意気込んでカメラを持ち出した事はほとんどないはずの私ですが、手元には、いつしか膨大な数の彼らの記録が残されています。ひょっとしたら、彼らの姿を記録する行為が、突き詰めれば彼らに対して何らかの感情を抱いてしまう事そのものが、最初から彼らの「計画」だったのかもしれません。                                 幸いここに、私が記録した彼らの「計画」の一端を展示させていただく機会を得ました。しばし足を留めてくださいましたら、今度会ったとき彼らに自慢の一つもしてやろう・・・そんなふうにも思うのです。           2019.11.1

The PLAN of plant 2nd Chapter

  • #024
     名も知らぬ彼らの「計画」を始めて展示させていただいてから、丁度一年が経ちました。この一年は私だけではなく、とても沢山の方が、それぞれの「計画」の変更を余儀なくされた、もしくは断念せざるを得ない、そんな厳しい選択を迫られた一年であったかと想像します。しかし、そんな中でさえ目にする彼らの「計画」は、やはり美しく、力強く、健気で、不変的でした。そして不思議とその立ち居振る舞いに触れる度に、記録者として再びカメラを握る力が湧いてくるのです。  今回の展示も、過去撮りためた記録と、この一年新たに追加した記録とを合わせて12点を選び出しました。彼らにすれば、何を生意気な・・・と鼻(あるかどうかは存じません)で笑われてしまうかもしれませんが、その「計画」に触れ、何かを感じて持ち帰って頂ければ、記録者としてこの上ない喜びとなりましょう。  幸いなことに、こうして再び彼らの記録を展示する機会をいただきました。マスク姿だったにもかかわらず、変わらず私を迎えてくれた彼らと、素晴らしい展示場所を提供して下さった東和銀行様、なによりしばし足を留めて下さった皆様方に心より感謝を申し上げたいと思います。 2020.11.2   

The PLAN of plant 2.5th Chapter

  • #027
     植物たちの姿を彼らの「計画」として記録してきた私の作品展も、驚くことに3回目を迎える事ができました。高校時代初めて黒白写真に触れ、使用するフイルムや印画紙、薬品の種類や温度管理、そして様々な技法によってその仕上がりをコントロールできる黒白写真の面白さに、すっかり憑りつかれてしまいました。現在、フイルムからデジタルへと写真を取り巻く環境が大きく変貌し、必要とされる知識や機材も随分と変化をしましたが、これまでの展示でモノクロームの作品を何の意識もなく選んでいたのは、私自身の黒白写真への情熱に、少しの変化も無かったからではないかと思っています。  しかし、季節の移ろいに伴って変化する葉の緑、宝石箱のように様々な色彩を持った花弁、燃え上がるような紅葉の朱等々、彼らが見せる色とりどりの姿もまた、その「計画」を記録する上で決して無視できない事柄なのです。展示にあたり2.5章という半端な副題を付けたのは、これまでの黒白写真から一変して、カラー写真を展示する事への彼らに対するちょっとした言い訳なのかもしれません。  「今日あっても明日は炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこのように装ってくださるのなら、あなたがたには、もっと良くしてくださらないでしょうか。」これはキリスト教の聖書の有名な一節です。とても有名な聖句ですので、聖書を読んだ事の無い方でも、どこかで目にしたことがあるかも知れません。美しく装った彼らの「計画」に、しばし目を留めていただけたなら、これに勝る喜びはありません ※聖書の箇所:マタイの福音書 6章30節【新改訳2017】 2021年11月2日

hana*chrome

  • #012
     「モノクロ映画」・「モノクロテレビ」といった言葉でおなじみの「モノクロ」は、元々は「モノクローム」という言葉の省略形です。単一のという意味の「モノ」と、色彩と言う意味の「クロモス」からなるギリシャ語が語源で、美術・芸術の世界では、青一色やセピア一色など一つの色で表現された作品の事を指して使われますが、「モノクロ」=「白黒」とイメージする事が多いかと思います。日本語で「黒」は「クロ」と発音しますから、事実を知る以前の私などは「モノ黒」だと勘違いをしていたほどです。  さて、私たちは植物の名前を聞いた時、その植物のどの部分を思い浮かべるでしょうか。「欅(けやき)」や「松」の様な樹木の場合は、立派な幹や特徴的な葉の姿を、また「りんご」や「トマト」とくれば、美味しくいただく実の部分を想像することが多いかと思います。では同じように「バラ」や「桜」、「チューリップ」などの名前を耳にした時はどうでしょうか。おそらくほとんどの方がその「花」の姿を思い起こすことと思います。 「花」は植物にとって、種を繋ぎ増やすためにその形、大きさ、色などを大きく変化させる、彼らにとっての特別な瞬間なのですから、「花」がその種を象徴する姿として記憶に留められるのは、とても自然な事なのでしょう。そして、私たちが嬉しさや喜びを伝える時や、人生の節目の象徴、時にはお別れの標として「花」に想いを寄せ、その姿に魅了される事は、綿密に計画された彼らの「PLAN(計画)」なのだと言えるのかもしれません。  3年間に渡り「The PLAN of Plant」として、植物の様々な計画を展示して参りましたが、今年は「hana*chrome」と題して「花」にスポットを当て、その記録を展示させていただきました。もしかしたら「花」の記録にはそぐわない、形と光の濃淡だけで表現された「モノクローム」の世界。ご覧になる皆様それぞれの想い出の色「hana*chrome」をつけてお楽しみいただけたのなら、記録者にとってこの上ない喜びとなりましょう。                              2022.11.1

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