Leica Summilux M 35mm f1.4 Part2
35mmという焦点距離のレンズを必要とした最初の動機は、描写がどうとか、遠近感がどうとか、被写界深度がどうとかといった創作面に必要な目的ではなく、当時母が営むピアノ教室の発表会で集合写真を撮影する為に、手持ちの50mmでは単純に画角が狭かったという極めて物理的な理由による物でした。しかも、お年玉を携え購入に向かったカメラ店の中古コーナーで、購入候補のAi Nikkor 35mm f2.8の横にほぼ同価格で並んでいたAi Zoom Nikkor 35-70mm f3.3-4.5sに目を奪われ、「半絞りの暗さに目をつむれば、ズームの方が圧倒的に便利じゃん」という、今の自分から思えば全くあり得ない理由で購入に至ってしまったたという、ブログでネタとして消化(昇華)できなければ、墓場まで持って行きたくなる様な正に黒歴史エピソードのオマケ付なのです。やがて、高校の写真部に入って本格的に写真にのめり込むようになり、被写界深度や画角を意識して撮影をするようになると、どちらかと言えばそれらの違いをより強く感じる事が出来る超広角や望遠レンズの方に興味が向かってしまい、自ずとその描写に強烈な個性を持たない35mmレンズとの付き合いは疎遠になってしまいました。
そして、35mmレンズとの付き合い方を一変させる出来事になるのが、このSummilux 35mmとの邂逅なのです。写真学生の時分、家計を圧迫する感材・薬品・機材費用の工面をするべくアルバイトで通ったカメラ店(現職場ですが・・・)の店頭に、Leica M6とともに陳列されていたこの極めて小さなレンズに目が留まると、数日間のレンタル後にM6と新品のセットで即購入の意思を固めてしまったほどですから、当時のインパクトは相当なものだったのだろうと振り返ります。加えて言うのであれば、1990年頃はLeica製品も今日の様なプレミア価格ではなく、為替相場も空前の円高基調でしたから、並行輸入品であれば、現在のLeica中古相場の半値以下で新品が購入できるアイテムがざらに存在し、学生にとってはこれ以上ないLeica購入の好機だったのでしょう。
現像の水洗浴から上がった段階で、ネガ上でもはっきりと認識できる、そのあまりに特徴的な描写は、自身のレンズ評価の方向性をも大きく変えて行きました。それまで「良い・悪い」という数値的な指標を中心に評価していたレンズ描写を、「味」や「雰囲気」といったような、言わばリリカルな面での判断に重きを置いて判断するようになっていったのです。もしも、あの日出会ったレンズがSummicronの35mmであったなら、ひょっとして少し違った人生を歩んでいたのかもしれない、そんな気さえもするのです。
手持ちの資料によれば、本レンズの発表は1960年のフォトキナ(発売は1961年)とあります。以降、細かな仕様変更を受けつつも、光学系はそのままに1990年代まで製造が続けられます。他のライカレンズが光学系を含んだモデルチェンジを繰り返す中、非球面レンズを導入した後継レンズの発売まで長期に渡り製造を続けられたのは、f1.4という明るさの広角レンズの設計の難しさもあったのでしょうが、かえってM3発売当時のライカレンズのエッセンスを新品で味わえるある種孤高の存在ともなりました。デジタルカメラ全盛の時代、コンピューターによるレンズ設計が当たり前となり、物理的な性能向上の為に特殊な光学素材や非球面を利用した光学系を持ったレンズが市場を席捲する中、2022年に復刻盤として本レンズがオリジナルの光学系を採用して突如再販された事は、物理的性能だけがレンズ描写の優劣を決定付けない事を証明していると言えるのかもしれません。(ただし、その価格は学生当時私が購入したレンズ4本ほどに高騰してしまいましたが)
Leicaのデジタルカメラは、旧来のライカレンズでも最大限その描写特性を損なわない様なセンサーの設計とチューニングを施されていると聞きます。手持ちのα7RⅣでの試写では、デジタルライカでの描写と異なった結果になっているのかもしれませんが、せっかく数十年ぶりに手元に届いたSummilux(勿論借用!)です、「馬には乗って見よ、レンズは撮ってみよ」の言葉に沿って、ほんの少しだけ紹介させていただきたく思うのです。
「白昼夢」そんな言葉もしっくりくるでしょうか。最新のデジタルカメラから得られた画像とは俄かには信じがたい映像となりました。ハイライト部の強烈なハレーション、鋭く落ち込む周辺光量とは裏腹な合焦部の高い先鋭度が本レンズ絞り解放での独特な味を生み出します。安易に「エモい」などと簡単に言って欲しくないのは、このレンズの中古価格が50万円を超えるから・・・・では決してないのです。
まだ体が暑さに慣れていない6月初旬、眩暈を覚えるような暑さで映像が歪んでいるのでしょうか。タイムスリップをして昭和初期のモノクロ映画のシーンを見せられているような、そんな感覚にも陥ります。
日陰に入り、強い光源が無くなると画面は急に落ち着きを見せます。解像感の高い合焦部にまとわりつく微妙なハロが、上質の紗を利用したかの様なソフトな描写を醸し出します。フイルム時代は、クリアーなファインダー像からは想像もできない仕上がりに驚く事も多かったのですが、ミラーレス機はライブビューであらかじめ予想ができるので、新たなSummiluxの活用に期待できそうです。距離計連動との制約もあり、本レンズの最短撮影距離は1mと少々長めですが、ヘリコイド付のマウントアダプターを併用すれば、さらに一歩踏み込んだ撮影も可能です。
たまたま手元に数本の35mmレンズが集ったため、同一箇所でレンズテストまがいの試写をしてみました。本レンズには絞り解放で見せる独特のソフト描写と絞り込んだ際に見せる高精細な描写の二面性が存在します。被写界深度が広がり始めるf5.6辺りから画面全域で解像度はピークに達し、ハレーションの類いも影を潜めます。別のレンズで撮影したのかと見誤るようなクリアで高精細な映像は、最新設計のレンズ達と比較しても、肩を並べるどころか頭一つ抜けていると感じる部分も存在します。画像左上隅に写された電気系統用と思しきボックスの表面は、冷却用と思われるごく小さな穴が無数にあいた鉄板が使用されているのですが、この穴を見事に解像しているのはテストレンズ中、本レンズともう一本だけだった事をお知らせしておきます。
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