ELICAR V-HQ MACRO MC 55mm F2.8 (Nikon-F)

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 現職場に勤めて足掛け30年ほどになるでしょうか。おそらくこの業界に携わっていなければ、数量的・内容的に触れる事はなかったであろうカメラ・レンズ達が日々目の前を通り過ぎて行きます。一台で数百万円という価格で取引されるようなレアアイテムを取り扱ったり、コレクターの終活に携わりトラック満載のカメラや撮影機材を引き取るといった経験をしたりと、なかなかに想い出が尽きないと、時折感慨にふけったりもします。直接見たり、手に取る事は無いにせよ、お客様や業界の様々な方との交流の中で知識として知りえた機材なども加えれば、一般の方々の想像を遥かに超える数のカメラ・レンズに関して何かしらの知見を持っている事にはなるのでしょう。まあ、昨今話題のAIに頼めばあっという間に収集・整理が出来てしまう類いの情報ですから、さしたる自慢にもならないのですが、それでも個人的には自分の半生以上をかけて集めた宝物である事に変わりはないのです。

 さてそんな筆者ではありますが、今でも時折「何これ?」という機材に遭遇しては、改めてカメラの歴史の長さや重さに驚く事もあるのですが、本項で扱う「ELICAR」もそんな一本でした。妖艶な女性を(勝手に)イメージするような特徴的な名称の本レンズは、調べによると過去にタパック・インターナショナルが設計・企画し海外へ輸出販売された商品の一つで、同一光学系で「Vivitar」「Panagor」のブランドでも展開がされていたようです。これらの名称は、廉価品のズームレンズなどで過去に何度かお目にかかった事はあったのですが、「ELICAR」との邂逅は本レンズが初めて。恐らく当時は国内での流通は殆どなかったと思われますが、現在はeBay等の普及で中古カメラ・レンズの個人輸入に関するハードルが大きく下がった事や、オールドレンズへの関心が高まった事などが重なって、国内のオークション・フリマサイトでもチラホラと目にする機会が増えてきたようです。本レンズよりも先に「ELICAR」では 90mm F2.5のマクロレンズが注目されたようですが、こちらは、そのスペックからMF時代の「タムQ」との比較も気になるところ。

 ところで、マクロ(接写)レンズは、その用途から「性能」が重視される事が多く、サードパーティー製レンズには分が悪い印象が強くあります。薄利多売が常套であるため「性能」を担保するためのコストをかけにくいのが、ある種の宿命だったとも言えるからです。ですから、当時メーカ純正品がひしめいていた「標準マクロ」の市場へ投入された「ELICAR」には、何か特別な自信があったのではないかと勘ぐってしまうのです。当初、その珍しさに目を引かれただけの「ELICAR」、考えれば考えるほど、別に隠された魅力が眠っているに違い無いと思い始めたのです。

 改めて依頼品を見てみよう。(CV:銀河万丈さん)恐らくそれこそが最大の特徴と言えるのは「レンズ単体での等倍撮影」が可能な事です。AF化を果たす以前の 50mm クラスのマクロレンズは、メーカー純正品においては大多数1/2倍が最大の撮影倍率であり、等倍撮影の為には、専用に用意された中間リングの装着が不可欠でした。つまり無限遠から最短撮影距離までシームレスな撮影ができない事が、標準マクロの「当り前」だったのです。単体での等倍撮影が可能だった唯一の存在と言っても良い YASHICA/CONTAX マウント用の Zeiss製 Macro-Planar 60mm 2.8 AE の定価が128,000円であった事を考えれば、ELICAR 55mm の特殊性は際立つでしょう。鏡筒への細かな距離・倍率・被写界深度の指標は丁寧な彫り込みによるもので、絞り設定にも1/2絞毎のクリックが設けられているという徹底ぶり。自重落下を避ける目的で重めに調整されたヘリコイドは、無限遠から最短までの移動に約2回転を要するという本格派で、近距離撮影時の厳密なピント合わせと保持を可能としています。エレメントの直径からすればやや大柄となる 62mm のフィルター枠は、恐らくはマクロリングライト等のアタッチメントを前述の 90mm マクロと共通化するための配慮に違いないでしょう。入手した Nikon F マウント用の露出計連動用のツメ(カニ爪)がビス1本で止められていというコストダウンの跡も見て取れますが、総じてサードパーティー製とは思えない質実剛健なビルトクオリティーを見せてくれます。

 勿論、設計年代の古さもあって、微細なフリンジや収差が原因と思われる像の滲みなどを感じる場面はありますが、むしろそれらが描写の美しさを増幅する場面にも多々遭遇します。画面全域における解像度の高さ、歪曲収差や周辺減光の少なさなどは一級品のマクロレンズと評するに十分に値し、基本性能の高さは名だたる純正マクロレンズに勝るとも劣らないでしょう。僅か半日の試用でしたが、その描写には関心を通り超え感動する場面も多く、特に近接撮影時におけるボケの美しさは誇張ではなく特筆に値。その存在の特殊性から、今後状態の優れた個体に巡り合う可能性は高くは無いでしょう。手元に残る極上の個体、勤め先の倉庫へ戻るのではなく、しばし我家の防湿庫でくつろいでもらおうと決意するのです。

 

 

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正直聞き馴染みのないメーカーの製品だったので、当初はその性能を侮って当Blogで記事にするつもりはなかったのですが、試写一枚目から目を疑いました。拡大すれば非合焦部のハイライトエッジに若干の色付きを認めますが、画面周辺まで開放からとても分解能の高さを感じる「マクロレンズ」然とした写り。周辺減光も極周辺に僅か存在する程度。ボケのエッジは少し滲みを見せる様子が感じ取れるので、柔らかなボケ像が期待できます。

 

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想像した通り、ボケは前後共にエッジ感の少ないとても柔らかい様子です。解像度を優先して設計するマクロレンズにおいては、特に後ろ側のボケが硬くなるイメージがありますので、これは相当に意外な結果です。同社製品では兄弟レンズである90mmのマクロレンズが、欧州中心になかなかの評判らしいのですが、50mmのポテンシャルも相当に高いのではないかと思う次第。

 

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さらにボケの様子を確認するために丁度良い被写体を発見。間違いなくこのボケ像は「好き」なヤツです。まさかマクロレンズでこれを得られるとは驚き。たとえEVFであっても、ボケ像の中から合焦部が浮かび上がってくるのを確認するMFでのピント合わせには一種の快感を覚えます。ヘリコイドの回転角はかなり大きく操作に時間はかかりますが、開放での厳密なピント位置の調整には不可欠な機構でしょう。作り込みに手ヌキが無いのも好印象。

 

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合焦部から外れると、若干ハイライト中心に滲みが現れるのが柔らかいボケ像の正体なのでしょう。55mm F2.8 のマクロレンズと言えば真っ先に Micro Nikkor を想像するのですが、比較して検証してみる必要がありそうですね。あちらは定番レンズで在庫も潤沢ですから、陳列棚からちょいと拝借してみましょう。

 

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絞り込んだ時にどんなボケ味になるのか F8 で検証。意地の悪い被写体ですが、悪目立ちしやすい枝葉がとても素直に描写されておりこれにも驚き。レンズ型式の MC は恐らくマルチコーティングの意でしょう。さすがにコーティングの仕上がりには世代を感じますが、逆光性能も特に問題は無いようで安心しました。

 

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全域が被写界深度に収まる被写体・絞りを選ぶと、引き締まったマクロレンズらしい映像が手に入ります。線の細い緻密な描写で、細かい部分まで非常に高精細な映像を手に入れられます。開けて良し、絞って良しの優等生。純正メーカー品がひしめくカテゴリーで光る個性を持った一本に違いありません。

 

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開放から周辺減光をあまり感じないレンズですが、白い壁面を撮影するとその優秀さは一目瞭然。F4.5 あたりの絞りですが、収差による他の影響も影を潜めます。半絞り毎にクリックが用意されているのにも強い拘りが感じられますし、複写等の学術的な使用目的でも実力を発揮できると確信できます。

 

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高い解像度を実感できる一方で、絞りを開け気味で使えばシャープネスと適度な柔らかさを併せ持た持った描写を見せます。春の日差しを浴びたウッドチェアや壁材の柔らかな手触りが伝わってくるような印象を受けます。覗き穴?の先、遠景のボケには若干エッジが見られますが、この程度は無視できる範囲。方眼紙を撮影した訳ではないですが、問題になりそうな歪曲収差は感じられませんね。

 

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F8の描写。開放から2~3段絞ったいわゆる「オイシイ」ところ。開放でも十分な解像度を持っていますが、さらに鋭さを増し最新デジタル対応レンズの様なパキっとした描写を見せます。金属部品や籐の座面の質感も申し分ありません。高周波成分となる芝生も周辺まできっちりと描写します。

 

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公園にある水飲み場。見かける度についついカメラを向けてしまう被写体の一つです。小さい頃、指で穴を塞いで悪ガキ仲間と水を掛け合って遊んでいたのを思い出します。今だと、安全面・衛生面やらなんやらで問題視されてしまいますかね・・・・。こういった懐かしい思い出に写欲を掻き立てられるのは、やはり年齢のせいなのでしょうか?。

 


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最短撮影距離での等倍撮影。収差が大きくなる為か若干ハロの影響もあって、通常距離での映像に比べややソフトに描写される印象。枯れた袋果のモノクロ写真が、レントゲンやCT画像のような不思議な画になりました。合焦部の解像感、柔らかな後ボケは維持されており、総じて優秀な画を造り上げてくれます。

 

 

MINOLTA AF APO TELE MACRO 200mm F4G

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 スマートフォンに搭載されたカメラ機能が著しい進化を遂げた現在では、あえてカメラを単独で購入しないという方も結構な割合で存在していると思いますし、そもそも単独機能のカメラが必要なのか、といった様な議論も度々発生します。勿論、スマートフォンには「薄さ」「重さ」「大きさ」等の物理的な縛りがありますから、全てのカメラを不要と考えてしまう事には、まだまだ議論の余地が相当に残されているのが現状と言えるのでしょう。もっとも、スマートフォンに搭載されるカメラの進歩は、レンズやセンサーの進化以上に、画像生成に関わるソフトウェア部分での変革に因る部分が多く、画面上での見栄えを良くする為の画像修正やボケの生成、被写体の変形や不要物の除去などを半ば自動で行う事が当たり前となった昨今、その映像を「写真」と呼ぶことへの議論もあって然りでしょう。各収差を始めとしたレンズの物理的欠点を補う、いわゆるデジタル補正の恩恵をいまさら否定するつもりもない私などは、ダブルスタンダードとも思われかねませんが、写真へのデジタル技術の関与については、自分なりのポリシーを常に確認、アップデートする必要があるとは感じています。(他人からすればどうでも良いことなんでしょうが・・・・・)ともあれスマートフォンの爆発的な普及によって、いわゆるコンパクトデジタルカメラ(コンデジ)に関しては、多くのメーカーで販売終了や販売規模の縮小をせざるを得なかった事実は揺るがないのですから、あえてコストをかけてまで、単独の「カメラ」を手にして行う「撮影」という行為が可能な今は、それを存分に楽しんでいたいと只々思うのです。

 さて望遠撮影は、レンズの「長さ」という物理的な特性が現状では不可欠となりますから、スマートフォンに比較して単体としてのカメラ、とりわけレンズ交換式カメラのアドバンテージが光る場面です。一般的に望遠レンズは遠方の被写体をより大きく写す事を目的として利用されますが、反面、最短撮影距離は長く被写体への接近は難しくなってしまうのが通例です。最新のレンズでは随分と最短撮影距離も短くなってはいますが、それでも2~ 300mm 程度の望遠レンズでは 1.5mから 2m 程度、600mm や 800mm の超望遠レンズともなれば、4m から 5m 前後が一般的なスペックとなります。

 ですがそんな望遠レンズの中に、本来不得手な「接写」という目的を与えられた異端児、「望遠マクロ」レンズが存在します。「望遠マクロ」と言うと、焦点距離 90mm や 100mm の「中望遠マクロ」を思い起こす事が多いのですが、本項で取り上げるのはさらに長い焦点距離を持ったマクロレンズになります。現在ミラーレス一眼用の交換レンズ拡充を続けるカメラメーカー各社ですが、2026年現在該当スペックの現行品としては唯一 OMDS より発売される 90mm F3.5 MACRO(フルサイズ換算180mm)の一本のみ。撮影倍率1/2のハーフマクロまで加えて SONY FE 70-200mm F4 GⅡがやっと候補に挙がるだけという寂しい状況です。フイルム時代には 180mm や 200mm のマクロレンズがカメラメーカー・サードパーティーの多くからリリースされていた事を考えると、現在はあまり需要が見込まれないレンズになってしまったのかもしれません。しかしながら、ライフワーク的に植物の撮影をしている筆者からすれば、浅い被写界深度、長く取れるワーキングディスタンス、強めに現れる圧縮効果など、作画に生かせる特徴てんこ盛りの 200mm マクロは是非とも手に入れたい一本と感じています。フルサイズミラーレスの Nikon Z5Ⅱを入手した今となっては、Zマウントでの Micro-Nikkor 200mm 再臨を期待しているのです。(めっちゃ高くて買えない予感しかないですが)

 フイルムカメラ晩年にMINOLTA AF一眼レフ用にリリースされた本レンズは、20万円を超える定価とその特殊性も相まって販売本数は決して多くは無かったのか、結果現在中古市場で安価に取引される事が多いMINOLTA-Aマウントのレンズ中では、比較的高値で取引される珍品に。今後、近似スペックのレンズがSONY-FEマウントでリリースされれば話は変わるのでしょうが、光学系を含め状態の良い中古品を探すのは案外骨が折れるのが現状です。マウントアダプター併用前提ながら、幾分か入手性の良いAF Micro-Nikkor 200mm F4 (公言されてはいないでしょうが、公表データから察するに恐らく同一光学系)を狙ってみるのも面白いかもしれません。(と言うか、試写・比較する気満々)AF性能の向上した現在のフルサイズミラーレス専用の200mm マクロ、Art シリーズでいかがでしょう、SIGMAさん?

 

 

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200mmともなると、F4 の絞りでもご覧の様な大きなボケを造ります。グラーデ―ションと化した背景はまるでスタジオ撮影をしたかの様な雰囲気を醸し出します。恐れ多いですが花写真の大家、故・秋山庄太郎先生の作風を思い出してしまいました。フイルム時代から存在しているレンズですが、APO の名は伊達ではなくエッジへの色付きもほとんど感じないスッキリとした映像。開放から中心部の解像は文句の付け処は無く、丁寧なコントラストの出し方、線の細い優しい描写が持ち味の様です。

 

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平面的に被写体を切り取れば画面周辺まで破綻を見せず、遠近感の圧縮を伴った重厚なイメージを見せます。枯れた古木を抱え守るように新しい外皮が覆っています。声を出したり、自ら移動したりする事の無い植物ですが、こういった個体を目にする度、確かに「生物」なのだと教えられるような気がします。 

 

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細い枝が幾度も折れ曲がり高い密度で存在する「梅」は、背景の処理に手間取る事が多く、個人的には苦手とする被写体なのですが、200mm の浅い被写界深度と狭い画角を武器にすれば、ご覧の通り。薄日の差す曇天下、柔らかいトーンを上手く表現してくれました。元画像は拡大すれば雄しべに付いた花粉の粒まで解像する高性能。対する柔らかなボケとの協調も見事です。

 

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最短撮影距離は50cm と、まるで標準レンズの様な数値。レンズ先端からは約 25cm ですから、フードを取り付ければ被写体スレスレ。長いレンズを取り付けて被写体に肉薄する様は、あたかも変質者のソレですが、本来はワーキングディスタンスを稼いで、離れてた位置から昆虫などを撮影するのが持ち味なのでしょう。それにしても、高い解像感と柔らかなボケが同居する美しい映像にうっとりします。

 

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公園の水遊び場に取り付けられたスプリンクラー。前後のボケの様子を確認するのに好適な被写体となりました。均質で乱れも少なく、合焦部をとても良く引き出しています。開放から安定描写で、「絞り」が単純に明るさのコントロールをする為だけに存在していると言って良いでしょう。Aマウントレンズの為、AF・絞りの作動音はやや耳障りですが、コントラストのはっきりした被写体相手だと AF も非常に俊敏な動作をしてくれます。

 

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線の細い高精細な描写は遠距離の被写体を撮影しても健在です。和風造形が施されたランプシェードの細かな細工を鮮明に映し出し、且つ背景のボケ具合もとても好ましく感じます。一般望遠レンズとしてのポテンシャルも高く、遠景スナップもそつなくこなす頼もしい一本だと感じました。

 

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50mm や 100mm であれば、窮屈な姿勢で被写体に肉薄しなければならない状況ですが、ある程度離れた場所から被写体を狙えるので、最近体の硬くなってきた初老の筆者には、多少の重さを我慢してでも手に入れる価値は高いと思えてしまいました。開放絞りは F4 と控えめでシャッタースピード的に厳しい状況でしたが、内蔵手振れ補正が強力な武器となりました。
 

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地面に気になる被写体を見つけた際、通常のレンズではしゃがみ込む必要がありますが、機材を入れたカメラバックを背負った状況では、これがなかなか重労働。ところが200mmマクロでは、立ったままの姿勢で撮影ができ、地味に嬉しかったのと同時に自身の体力の衰えを感じて少し寂しくもなったりしました。この被写体の様に、美しく枯れて行けたら本望ですね。

 

 

SONY FE 50mm F2.8 Macro (SEL50M28)

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 来客者の女性比率が上がっていたり、平均年齢が下がっていると肌で感じることで、中古カメラ店の敷居は以前に比べれば随分と低くなったのかな?という印象を抱いています。インターネット上のフリマサイト・ネットオークションの広まりや、買取り・リユースショップチェーンの相次ぐ出店などもあって、これまで抱かれていた中古品・リユース品などへの抵抗感が随分と和らいだ事と、昭和レトロといった言葉に代表される、若年層を中心とした「古い物」を逆に「新しい物」として捉えるようなムーブ(ブーム?)によって、中古品に新たな価値が見出されていることなども理由になるのでしょう。オールドレンズという言葉が耳に馴染んで随分と経ちましたが、加えてオールドコンデジ、オールドデジイチ等、黎明期・発展途上期のデジタルカメラを指す言葉も頻繁に目にするようになりました。辺境に存在する我が勤務先でさえも、週末ともなれば若いカップルやカメラ女子がM42マウントの交換レンズや200万画素程度の初期コンデジ、フイルムコンパクトカメラといった商品をお求めに結構な頻度でお見えになるのですから、都市部では尚更強く感じられるのだろうと推察されます。

 中古店の暖簾をくぐる理由としては、上記のように「中古でしか入手できないもの」を求める他に現行品を「新品に比べ安価に購入できる」事も挙げられます。近年は転売ビズネスの横行で、品薄商品が「新品よりも高い値段で中古販売される」なんてケースも珍しくはなくなりましたが、程度の差こそあれど、中古品は新品に比べれば安価に販売されるのが一般的と言えます。量販店やネットショップで新品を購入し一眼カメラデビューを果たした若者が、思っていた以上に写真にハマった結果、さらなる交換レンズを安価に購入する為に「中古店」を訪れるといったパターン、これが経験的にきっかけの上位にランクインするのではないかと思っています。もちろん望むレンズは人それぞれなのですが、撮影する被写体によってある程度の傾向も見えてきます。日常スナップ・ポートレート派は「明るい単焦点」、アイドル・コスプレ派は「明るい望遠ズームレンズ」、飛行機・鉄道・野鳥・お子様お孫様運動会派は「超望遠ズームレンズ」、インスタ映えを目指す派は「Super-Takumar」といった具合でしょうか。

 そして、忘れてはいけないのがネイチャーフォト派が希望する「マクロ(接写)レンズ」(本題)なのです。日常の記録用途であればスマートフォンがその殆どを賄ってしまう現在でも、接写の様な特殊な条件となると、まだまだレンズ交換式カメラの存在意義は明確で、肉眼を大きく超える倍率で草花や昆虫などを捉える事ができる「マクロレンズ」は、時代を超えて高い人気を誇る交換レンズだと言えます。今現在はフイルム時代ほど多種多用なレンズが投入されている訳ではありませんが、フルサイズ換算で焦点距離50mm前後の画角を持った「標準マクロ」と100mm前後の「望遠マクロ」の最低2種類は殆どのメーカーから発売されていることからもその人気の高さは窺えます。

 さて、お嫁さんにするなら「快活な幼馴染」か「清楚なお金持ち」かという、某国民的RPG5作目の難題に比べればはるかに簡単なのでしょうが、「標準マクロ」「望遠マクロ」の「どっちを買えばいいのか問題」は、中古カメラ店においての頻発あるある相談と言えます。この質問を受ける際にユーザーの既存システムを確認すると、大抵は標準ズームレンズ1本(望遠域までの高倍率含む)や、標準ズームレンズ+望遠ズームレンズ(F値が明るくないタイプ)のいわゆるダブルズームキットである事が多いので、我々店員からすれば「幼馴染」「望遠マクロ」の方をお勧めするのがセオリーになっています。「望遠マクロ」は高倍率・キット系ズームレンズに比べ F 値が2.8と明るく、キットレンズよりも大きなボケ像を得やすい「単焦点望遠レンズ」としても活用できるため、いわゆるコスパの良い選択肢となるからです。通称タムQ(TAMRON製90mmマクロ)がポートレートマクロなどとも言われる様に、複数の使用目的が存在する事が価格差(標準マクロより望遠マクロの方が購入価格は高くなる)のデメリットを上回っていると考える方が多いのでしょう。また、ワーキングディスタンス(被写体とレンズ先端の距離)が標準マクロ比で長く、接写デビューに勧め易いという点も無視できません。実際の体感でも販売するマクロレンズの7~8割が「望遠マクロ」になるのは、多くの方がそのメリットに納得しているからなのでしょう。それでも、イオナズンは捨て難い。

 逆に考えると本レンズの様な「標準マクロ」の購入には、より明確な理由や強固な意志が介在していると言えるのかもしれません。「望遠マクロ」に比べ、広い画角・極端に浅くならない被写界深度といった物理特性が備わり、それらが必須となる撮影現場も少なからず存在します。昆虫や草花等ある程度の厚みを持った被写体を被写界深度を生かしてぼかさずに撮影する場合や、広い画角を生かして背景を取り入れたフレーミングを用いたいシチュエーションは当然起こり得るでしょう。文献や絵画の複写、標本の撮影といった学術記録用途であれば、これらの特性から「標準マクロ一択」となる場面さえもあるでしょう。そう言えば、過去 モデルスカウト 受験勉強で度々利用していた公立図書館の資料区画の複写台には Nikon F3 が備え付けられていましたが、装着されていたレンズは Micro-Nikkor 55mmだった事を記憶しています。当時は、それほど明るくはない標準画角のレンズにこれといった魅力を感じなかったのですが、今ではあえての「標準マクロ」、なかなかに興味深い一品と思っています。

 さて、SONYが一眼レフ用の Aマウントに用意した標準マクロレンズ AF 50mm F2.8 MACRO は、MINOLTA α 時代から基本設計が踏襲されロングセラーとなりました。フイルム時代には、標準マクロの撮影倍率は1/2倍止まりの物が多い中、等倍撮影まで対応した優等性でした。また解像度を優先した設計の為ボケ味が硬く感じる製品も多いマクロレンズ中、同社の発売する100mm同様に、素直で柔らかめなボケ味を持った稀有な存在であったと記憶しています。ミラーレス FE マウントへの刷新時、等倍撮影を引き継ぎつつ設計変更が行われた本レンズ FE 50mm F2.8 Macro は、高性能レンズの証「G」「G Master」の称号を与えられてはいませんが、非球面レンズ・EDレンズ・円形絞りを採用した意欲作で、鏡筒への撮影倍率表記など手を抜かない実直な作りにも好感が持てます。フィルター径55mmを採用する小型軽量な躯体は、感度が自由に操れる時代の寄れる標準レンズとしても、新たな存在感を光らせる一本に仕上がっているのではないでしょうか。「100mm」ではない方、ではなく「50mm」の指名買い、イイと思います。

 

 

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ある程度の厚みを持った被写体でも、比較的深い被写界深度を持つ50mmであればそのディテール描写を維持したままで接写が可能です。周辺部まで収差の悪影響を感じない端正な映像もマクロレンズの真骨頂と言えます。

 

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少し距離を取ってあげると、背景が広く入って来るのも望遠マクロとの違い。画面構成やボケの様子などを加味したフレーミングを気にする必要がありますが、そういったテクニカルな楽しみも撮影の醍醐味ではないかと。簡単に背景が溶けてくれる望遠マクロの撮影がサボリって訳でもないんですけどね。
 
 

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 標準マクロは本レンズも含め、レンズ一枚目のガラスが鏡筒先端からかなりカメラ側へ引っ込んだ構造(すり鉢とか蟻地獄なんて言われてます)をしている物が多数派。この部分がレンズフードの役割も兼ねてくれますが、最短撮影距離付近での被写体とレンズとの接触を避けるという目的もあるのでしょう。結果、保護フィルターを付けるべきか否か、某国民的RPG5作目の難・・・ry
  

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望遠に比べ、ワーキングディスタンスが短い標準マクロでは、やや不得手となる昆虫の接写。飼育用温室育ちの蝶は多少の来客には慣れているのか、近接での撮影を許してくれました。逆光気味な条件でしたが、濁りの無いクリアな描写を得られました。

 

Dsc_3025竹を割ったようなシャープな合焦部で切った竹を撮影。背景には落ちた小枝や竹の根など、うるさいボケの原因となる被写体が多い為、50mmのボケ量では若干ザワついた印象になります。この辺りは、撮影距離や被写体の大きさによるボケ方の印象を把握しておいた方が良いのかもしれません。

 

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葉の先端が爬虫類のシッポの様なかわいらしい造形をしていたのが目に留まりました。葉脈の一つ一つを克明に描写しつつ、若芽らしい柔らかさも伝わって来る質感描写が好印象。ここまでの接写になると被写界深度もさすがに浅く、ボケ像のクセにはあまり気を使わなくて良さそうですね。

 

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本レンズ、等倍接写もこなすマクロレンズにしてはとても小型軽量。当然遠景の描写も文句はありませんので、文字通りマクロもイケる「標準レンズ」として常用するのもアリでしょう。昨今大型化する傾向が強い標準ズームの代わりに「標準マクロ」、良いんじゃないでしょうか?

 
 
 

SONY FE 35mm F1.4 GM (SEL35F14GM)

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レンズ構成(群-枚):8-12 > 10-14

フィルター口径:72mm > 67mm

絞り羽根枚数:9枚 > 11枚 

最短撮影距離:0.3m > 0.27m(AF時)

重量:630g > 524g

長さ:112mm > 96mm

 

 何の一覧かと申しますと本レンズ FE 35mm F1.4 GM が、先行発売されていた Distagon T* FE 35mm F1.4 ZA と比べて変更になった主な諸元です。左側が Distagon > 右側が G master の物です。

加えて申し上げるならば、

希望小売価格(税別・2026年時点で併売):164,000円 > 216,000円

といった、価格差も存在しています。

 数値上から判断されるスペック向上分の価格差はもちろん、加えて描写性能向上が見られるかどうかがやはり気になる所。元々220,000円(税別)という価格で販売され、G Master の登場によって実質的には下位機種扱いとしての値下げが行われた Distagon T* FE 35mm F1.4 ZA の心中を代弁して、とは言いませんが、なんとなくモヤモヤしている自分(@デジタル移行直前までCONTAXやHasselbladで、Zeiss製レンズにはさんざんお世話になった)がここに居るのです。「見せてもらおうか、SONY製 G Master レンズの性能とやらを」と、ツノと赤色が大好きな御仁がおっしゃったとか、おっしゃっていないとか・・・。

 さて、フルサイズにおける35mmという焦点距離のレンズは「広角レンズ」中では、その描写に顕著な癖が存在しない為に「準標準レンズ」のような表記もされたり、「標準レンズ」として考えている事を公表する写真家も存在しています。かく言う私も、モータドライブ付きの Nikon F3 に Ai Nikkorの35mm F2 を装着し通学の友としていた学生時代などは、視覚の延長としてこの画角を好んで、課題制作の多くをこなしていた事を記憶しています。

 単焦点として初めて購入した35mmは、上記のレンズよりもさらに一段明るい Ai Nikkor の35mm F1.4 。当時はポートレート作品のバリエーションを増やす目的で広角レンズの必要性を感じ、できるだけボケが大きくなるレンズを選びたかったのがその購入動機でした。高校生時代にお世話になっていた写真店主に「前玉に少しキズあるから、安くするよ」と見せられた中古の個体をお迎えをしたのですが、現在では「クセ玉の代表格」として語られる事も多い、そのとてもエモい描写(注釈:収差により強烈な個性を発揮する)が後に軽くトラウマとなったのも良い思い出です。目的であった解放絞りの映像は、中心部の解像度は十分ながらもフレア・ハロが競演する軟調ソフト描写で、加えて顕著な二線ボケが背景を乱雑化するじゃじゃ馬っぷりでしたので、乗り手として圧倒的に経験・技量不足であった若かりし筆者などは、幾度となく落馬させられたのです。先人の残した作例や貴重な経験談を簡単に入手する手段の無かったインターネット未発達時代の逸話として「明るい広角レンズには気を付けろ」という家訓とともに、後世まで語り継がれたのです。なんだこれ。

 Nikkor の面目の為に申し上げますが、35mm F1.4 のオリジナルは1971年発売の、押しも押されもしないオールドレンズ。一眼レフ用としては世界初・無二の存在でありました。レフレックスミラーの存在や、Nikon 伝統のフィルター径52mm縛りという足枷の中、コンピューター設計も未発達であり、非球面や低分散ガラスなどが贅沢に使用できない設計環境下で達成されたスペックであることを理解しておかなければなりません。後発となる Leica  SUMMILUX-R や YASHICA/CONTAX 用の Zeiss Distagon のフィルター径は67mm。オートフォーカスに世界で初対応した MINOLTA の非球面レンズ採用 35mm F1.4 でさえ55mm だったのですから、一眼レフ黎明期に設計されたフィルター径52mmの Nikkor 誕生は、さぞかし難産であった事が容易に想像できます。1絞りの明るさの価値が、現在よりも数段は重かったフイルム時代、本レンズにのみ許された撮影ステージは決して少なくはなかったはずであり、多くのマニュアルフォーカスレンズの製造が中止されていく中、本レンズはシリーズ末期までラインナップに残り続けていたという事実もここでしっかりと加えておこうと思うのです。

 さて、Nikkor の発売から40年以上が経ち、SIGMAの Art シリーズ第一弾として登場した35mm F1.4 DG Art(2013) は、これまで持っていた「レンズメーカー」・「35mm F1.4」への個人的イメージを根底から覆し、 歴史上 Art 以前と以降という明確な区切りを感じるほどに衝撃的な描写性能を持っていました。無論デジタル一眼のミラーレス化以降に発売された Distagon T* FE 35mm F1.4 ZA(2015)、Art 自身のミラーレス対応レンズである 35mm F1.4 DG DN Art(2021) といった高性能レンズ達にも、少なからぬ影響を与えた事でしょう。当然、本レンズ(2021)へも然り。開放絞りから画面全域を満たす繊細な良像域とデジタル補正のアシストを受け丁寧に補正された歪曲・色収差。6000万画素を使い切るであろう高い解像度は、広角レンズである事を完全に忘れさせる極めて滑らかな前後のボケ像によって一層際立ちます。「ええぃ! SONY 製の G Master は化け物か!」と、かの御仁が(以下略)。この値千金ならぬ、差額52,000円以上の働きを心に刻みつつ、なんだか Nikkor と SIGMA Art の紹介記事になってやしないか?との反省と共に、新しい家訓と購入費用の必要性をひしひしと感じているのです。余談ながら、執筆中に訪れたCP+2026の会場では、35mm F1.4 DG DN Art の後継レンズがこっそり置かれていたのは気付かなかった事にしておくとしましょう。

 

 

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前日の夜中に降り始めた雪は早朝には止みましたが、出勤時間にはまだ所々積雪があり、歩道橋の上からは日常とは違う景色が広がり写欲をそそります。開放での描写ですが、自然なボケ、信号機上の雪の質感、重く湿った路面の描写、良い感じです。

 

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ボケの様子をもう少し観察したくて、路地から住宅の隙間を一枚。侵入を防ぐための柵を手前に大きく入れてみましたが、とても自然にボケているのには驚きです。広角レンズのF1.4描写が、これほどまでとは脱帽するしかありませんね。合焦部の地面部分は砂の粒子がしっかり感じられるほど解像されており、G Master の高い実力が感じられます。

 

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昨年に続き、CP+の会場へ赴いて情報収集を。田舎に隠居する身ですから、しばらくぶりの都会のスケール感に圧倒されます。相手が大きい為なのか、近頃持て余し気味に感じる35mmの画角がとてもしっくりと来たのがちょっと新鮮でした。Nikon Z5Ⅱへ装着しての撮影でしたが、オリジナルでは若干残る樽型の収差も、Lighiroomのレンズプロファイルを適用するとご覧の通りスッキリと。絞り込めば遠景まで圧倒的な解像度で記録します。

 

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雑居ビルの隙間に取り残された電気メーターが時代の変遷を物語り、すでに居住者が居ない物件に繋がれた古いタイプのメーターに時間の重さが滲みます。周辺光量落ちを期待つつ、さらに露出をマイナスへシフト、開放であっても周辺まで高い解像力を維持してくれるので、安心して暗い被写体に挑めます。

 

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モノクロームの映像に着色を施したかのような映像になりました。なかなか田舎では道路を真上から見下ろす機会は少ないので、こういった状況に出会うとほぼ無意識にカメラを向けてしまいますねぇ。赤い自動車でも通ってくれたら色彩的に面白くなったんですが、しばらく待っても一向に通らなかったので諦めました・・・。最近試用したどの35/1.4よりも軽い本レンズ。比較的軽量なZ5Ⅱに装着すると、ハンドリングも良く長時間ぶら下げていても苦にならないのはいいですね。

 

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海なし県出身なので、波の音を聞いただけで無暗にテンションが上がってしまいます。そういえば大学生時代(校舎は内陸に存在)に瀬戸内出身の同級生が、時折海を見られない事の禁断症状を訴えては湘南方面に出かけていたのを思い出しました。現在都会に住んでいる娘は、時折山や星空が見えない事に対して禁断症状があるみたいです。ノスタルジーってのは自身に刷り込まれた源風景への禁断症状が引き金になるのかもしれないですね。それにしても開放で、この色ノリは反則ではないでしょうか?

 

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ホテルの外壁(ミラーガラス?)に映った向かいのビルや空模様が、なんとも不思議な都市景観を作り上げていました。雲の流れが速く、写り込む風景が刻々と変化をして行きますので、連写を使って後から映像をチョイス。絞り込めばさらに解像度が上がり、外壁の小さなタイル一枚一枚が克明に描写されます。本当に化け物の様な性能を発揮してくれます。

 

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CP+会場、パシフィコ横浜の二階入り口前。まだ閉場まで時間がありましたが、チョットした偶然なのか通行人が全く居ない瞬間に出会いました。長時間露光やGoogleピクセル加工したかの如く、蒸発したかのように人影がありません。パンフォーカスを得る為、F11まで絞り込んでの撮影。Z5Ⅱは極端な高画素機ではありませんが、手前から奥まで気持ちの良い画質でレンズの高性能を受け止めてくれました。

 

 

 

Voigtlander NOKTON 42.5mm F0.95

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 レンズの明るさが F1.0、もしくはそれ以上に明るい(F値は小さい)レンズが新たに発売されると、高い確率で「人の眼の明るさ」とか「人の眼より明るい」といった表現をセットで目にします。結果「人間の眼の F値 は 1.0」なのだと反射的に思ってしまう方も多いでしょう。キリの良い数字ですので、むしろ人間の眼を1.0として F値というものが定められているのか?なんて誤解をしてしまう可能性だってあります。実際にはレンズの明るさを表す F値は「焦点距離÷有効口径」によって求められる値ですから、解剖学的に?網膜=撮像面・水晶体=レンズと考えて導き出された数字(おおよそF2.8ぐらい)が、本来の眼の F値という事になります。網膜が捉えた光は、カメラで言うところの色補正やISO感度の調整といった処理を脳内で行い映像情報として認識されますが、つまるところ人間はF2.8のレンズを通して入ってきた光を脳内で8倍増感し(イメージとしてはISO100を800に)、F1.0のレンズを通して入った光と同じ明るさとして受け取っている、が「人の眼の明るさ」の正体だったという話です。「君の瞳は一万ボルトだけど、俺の瞳は Elmarit なんだぜ」とでも言えば昭和のカメラ女子は一コロなんだとか・・・。

 人間の眼の F値の話はそれとして、レンズが明るくなると言う事には大きなメリットが存在してます。同一条件下で暗い(F値が大きい)レンズと比べ「大きなボケを使う事ができる」「早いシャッタースピードが利用できる」「ISO感度を下げる(上げなくてすむ)事ができる=ノイズの発生が抑制される」などが代表的で、これらは表現の幅を広げたり仕上がる映像の品質を上げることができる可能性を意味します。ミラーレス機以前の一眼レフ機では、ファインダー像が明るくなる事でピント合わせやフレーミング時の精度も上がり、撮影時の余分なストレスを軽減するといった効果も期待できますし、撮影途中に感度を自由に変更できないフイルム撮影であれば、レンズの明るさがそもそも撮影の可否を握る場面さえあるでしょう。

 さて、システム全体のダウンサイジングや軽量化といったメリットが望める筆者愛用のマイクロフォーサーズ規格のカメラですが、反面小型であるセンサーに起因する物理特性がデメリットとして現れる場面も存在します。大型センサー機に比べ、同一画角に於いて大きなボケが得にくい点、高感度撮影時におけるノイズ発生量の増加がそれに当りますが、これらに対して、前段で解説した「明るいレンズ」のメリットが有効に作用する事をお分かりいただけると思います。大型化しやすい明るいレンズも小さく軽く設計可能である点を含め、マイクロフォーサーズは、明るいレンズがその存在価値を存分に発揮できるフォーマットであるとも言えるのではないでしょうか。

 かつて世界のカメラ市場に君臨した Voigtlander を、現在自社が展開する交換レンズ群のブランド名として採用する COSINA は、こういった明るいレンズ+マイクロ4/3フォーマットの特性にいち早く着目してか、マイクロ4/3規格の第一弾ミラーレス一眼、 Panasonic DMC-G1登場から二年後には NOKTON 25mm F0.95 を発売しています。以降10.5mmから60mmまで6種全ての単焦点レンズをF1.0を超える明るさでラインナップしましたが、中でも SUPER NOKTON 29mm は、F0.8という写真用レンズとして例を見ない驚異的な明るさを全長88.9mm 重量703gという諸元で達成しています。設計思想も目指す描写のベクトルも別物なのであくまで参考ながら、共に「夜」を想起する語源を持った、フルサイズ用で近似スペックのモンスターレンズ  Nikkor Z58mm F0.95 S Noct の全長は153mm で、かつ重量は2000g!! を誇るのに、です。

 それでは、NOKTON F0.95 ファミリー中、フルサイズ換算で85mmの画角を与えられたNOKTON 42.5mm F0.95 すなわち本項の主人公へ話を移しましょう。標準レンズよりもやや狭い画角を持ち、F0.95 がもたらす豊かなボケが情緒ある空気感と共に被写体を浮かび上がらせるこの一本は、まさにポートレートレンズの王道。焦点距離をあえてキリの良い43や45とせず、42.5を採用した設計者にはやはり「85mm」への強いこだわりがあったのだろうと思います。被写体認識AFによって瞬時に瞳への合焦を決める同一焦点距離の Panasonic NOCTICRON と違い、優れた操作感をもったピントリングの前後によってじっくりピント面を追い込んで行く作業は、懐かしさと同時に写真撮影の楽しさを再認識させてくれます。マイクロフォーサーズ規格準拠とは言え、電子接点を持たずにデジタル補正をアテにしない姿勢にも素直に敬意を払います。最短撮影距離は、システムとしての長所を生かし0.23mを達成。なんと1/4倍での接写を可能にし、浅い被写界深度を生かした近距離撮影では最短0.5mのNOCTICRONに対し若干ですがアドバンテージを発揮します。高コントラスト・高解像度を売りにする現代のデジタル専用レンズの中においては、異質ともとれる緩さを持った独特な解放描写はNOKTON 25mm 試用の際に感じたイメージと共通する心地の良い物となりました。全長約75cm・重量571g・フィルター径58mmの躯体は上着のポケットにすっぽりと入る程。視野の狭くなった近年ではお気に入りの画角ですから、文字通りの「味変」に味を占めて店舗のストックにすんなりと戻せない自分を許したいと思います。

 

 

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ハイスピードレンズといえば、やっぱりアベイラブルライト下での撮影が似合います。すっかり日の落ちた繁華街での一枚。開放描写ですが、F0.95という極めて明るいレンズながら、前後のとても素直なボケ像には好感が持てます。正直もっとイカレタ画像を想像していただけに嬉しい誤算。ピント面はカリカリにシャープな結像をするタイプではないようですが、こういった被写体にはジャストマッチ。周辺光量の落ち方も自然で品の良い物です。

 

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開放時は特に感じるのですが、収差の影響からか、合焦面から外れた部分は思った以上に像が滲んで写る印象があります。結果として被写界深度は数値感覚以上に薄くなっている印象です。EVF+マニュアルフォーカスでこの極薄ピントピークを操るのは至難の業ではありますが、ボケの中にスッキリと合焦部が浮かび上がってくるような描写はクセになります。

 

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搬出作業でごった返すイベントホールのトラックヤード。中望遠ならではの遠近感圧縮や切り抜きによる画面整理で、映像に凝縮感が漂うのがこの辺りの画角レンズを好む理由。感度やコントラストを上げて画面に迫力を出す手法もありますが、せっかくのハイスピードレンズなので標準感度のままシャドー部のトーン変化を楽しみます。一見オールドレンズのような柔らかなコントラスト描写ではありますが、ディープシャドーが曖昧にならないのは、良好なフレアコントロールのおかげでしょうか。

 

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派手にゴーストが出るかと思いきや、スッキリと写って拍子抜け。開放時は特にオールドレンズ的な味わいを持った緩い描写のレンズではありますが、強い光源であっても上手にいなしてくれる辺りは、やはり最新のレンズなのだと再認識。

 

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F1.2や1.0さらに0.95といった極端に明るいレンズはフイルム時代から存在していましたが、開放時の画質やボケ味といった部分まで考えると、率先して使いたくなるレンズかどうかは疑問符が付き纏うのも本音。本レンズは0.95という最高レベルの明るいレンズですが、解放を積極的に使いたくなる一本と感じています。それにしても F1.0と F0.95のEV値上の差は、おおよそ1/6段程。感度が比較的自由になるデジタル時代にこの差を削ってくる設計者の魂、ナイスですねぇ。

 

 

 

プロフィール

フォトアルバム

世界的に有名な写真家「ロバート・キャパ」の著書「ちょっとピンボケ」にあやかり、ちょっとどころか随分ピント外れな人生を送る不惑の田舎人「えるまりぃと」が綴る雑記帳。中の人は大学まで行って学んだ「銀塩写真」が風前の灯になりつつある現在、それでも学んだことを生かしつつカメラ屋勤務中。

The PLAN of plant

  • #12
     文化や人、またその生き様などが一つ所にしっかりと定着する様を表す「根を下ろす」という言葉があるように、彼らのほとんどは、一度根を張った場所から自らの力で移動することがないことを我々は知っています。      動物の様により良い環境を求めて移動したり、外敵を大声で威嚇したり、様々な災害から走って逃げたりすることももちろんありません。我々の勝手な視点で考えると、それは生命の基本原則である「保身」や「種の存続」にとってずいぶんと不利な立場に置かれているかのように思えます。しかし彼らは黙って弱い立場に置かれているだけなのでしょうか?それならばなぜ、簡単に滅んでしまわないのでしょうか?  お恥ずかしい話ですが、私はここに紹介する彼らの「名前」をほとんど知りませんし、興味すらないというのが本音なのです。ところが、彼らの佇まいから「可憐さ」「逞しさ」「儚さ」「不気味さ」「美しさ」「狡猾さ」そして時には「美味しそう」などといった様々な感情を受け取ったとき、レンズを向けずにはいられないのです。     思い返しても植物を撮影しようなどと、意気込んでカメラを持ち出した事はほとんどないはずの私ですが、手元には、いつしか膨大な数の彼らの記録が残されています。ひょっとしたら、彼らの姿を記録する行為が、突き詰めれば彼らに対して何らかの感情を抱いてしまう事そのものが、最初から彼らの「計画」だったのかもしれません。                                 幸いここに、私が記録した彼らの「計画」の一端を展示させていただく機会を得ました。しばし足を留めてくださいましたら、今度会ったとき彼らに自慢の一つもしてやろう・・・そんなふうにも思うのです。           2019.11.1

The PLAN of plant 2nd Chapter

  • #024
     名も知らぬ彼らの「計画」を始めて展示させていただいてから、丁度一年が経ちました。この一年は私だけではなく、とても沢山の方が、それぞれの「計画」の変更を余儀なくされた、もしくは断念せざるを得ない、そんな厳しい選択を迫られた一年であったかと想像します。しかし、そんな中でさえ目にする彼らの「計画」は、やはり美しく、力強く、健気で、不変的でした。そして不思議とその立ち居振る舞いに触れる度に、記録者として再びカメラを握る力が湧いてくるのです。  今回の展示も、過去撮りためた記録と、この一年新たに追加した記録とを合わせて12点を選び出しました。彼らにすれば、何を生意気な・・・と鼻(あるかどうかは存じません)で笑われてしまうかもしれませんが、その「計画」に触れ、何かを感じて持ち帰って頂ければ、記録者としてこの上ない喜びとなりましょう。  幸いなことに、こうして再び彼らの記録を展示する機会をいただきました。マスク姿だったにもかかわらず、変わらず私を迎えてくれた彼らと、素晴らしい展示場所を提供して下さった東和銀行様、なによりしばし足を留めて下さった皆様方に心より感謝を申し上げたいと思います。 2020.11.2   

The PLAN of plant 2.5th Chapter

  • #027
     植物たちの姿を彼らの「計画」として記録してきた私の作品展も、驚くことに3回目を迎える事ができました。高校時代初めて黒白写真に触れ、使用するフイルムや印画紙、薬品の種類や温度管理、そして様々な技法によってその仕上がりをコントロールできる黒白写真の面白さに、すっかり憑りつかれてしまいました。現在、フイルムからデジタルへと写真を取り巻く環境が大きく変貌し、必要とされる知識や機材も随分と変化をしましたが、これまでの展示でモノクロームの作品を何の意識もなく選んでいたのは、私自身の黒白写真への情熱に、少しの変化も無かったからではないかと思っています。  しかし、季節の移ろいに伴って変化する葉の緑、宝石箱のように様々な色彩を持った花弁、燃え上がるような紅葉の朱等々、彼らが見せる色とりどりの姿もまた、その「計画」を記録する上で決して無視できない事柄なのです。展示にあたり2.5章という半端な副題を付けたのは、これまでの黒白写真から一変して、カラー写真を展示する事への彼らに対するちょっとした言い訳なのかもしれません。  「今日あっても明日は炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこのように装ってくださるのなら、あなたがたには、もっと良くしてくださらないでしょうか。」これはキリスト教の聖書の有名な一節です。とても有名な聖句ですので、聖書を読んだ事の無い方でも、どこかで目にしたことがあるかも知れません。美しく装った彼らの「計画」に、しばし目を留めていただけたなら、これに勝る喜びはありません ※聖書の箇所:マタイの福音書 6章30節【新改訳2017】 2021年11月2日

hana*chrome

  • #012
     「モノクロ映画」・「モノクロテレビ」といった言葉でおなじみの「モノクロ」は、元々は「モノクローム」という言葉の省略形です。単一のという意味の「モノ」と、色彩と言う意味の「クロモス」からなるギリシャ語が語源で、美術・芸術の世界では、青一色やセピア一色など一つの色で表現された作品の事を指して使われますが、「モノクロ」=「白黒」とイメージする事が多いかと思います。日本語で「黒」は「クロ」と発音しますから、事実を知る以前の私などは「モノ黒」だと勘違いをしていたほどです。  さて、私たちは植物の名前を聞いた時、その植物のどの部分を思い浮かべるでしょうか。「欅(けやき)」や「松」の様な樹木の場合は、立派な幹や特徴的な葉の姿を、また「りんご」や「トマト」とくれば、美味しくいただく実の部分を想像することが多いかと思います。では同じように「バラ」や「桜」、「チューリップ」などの名前を耳にした時はどうでしょうか。おそらくほとんどの方がその「花」の姿を思い起こすことと思います。 「花」は植物にとって、種を繋ぎ増やすためにその形、大きさ、色などを大きく変化させる、彼らにとっての特別な瞬間なのですから、「花」がその種を象徴する姿として記憶に留められるのは、とても自然な事なのでしょう。そして、私たちが嬉しさや喜びを伝える時や、人生の節目の象徴、時にはお別れの標として「花」に想いを寄せ、その姿に魅了される事は、綿密に計画された彼らの「PLAN(計画)」なのだと言えるのかもしれません。  3年間に渡り「The PLAN of Plant」として、植物の様々な計画を展示して参りましたが、今年は「hana*chrome」と題して「花」にスポットを当て、その記録を展示させていただきました。もしかしたら「花」の記録にはそぐわない、形と光の濃淡だけで表現された「モノクローム」の世界。ご覧になる皆様それぞれの想い出の色「hana*chrome」をつけてお楽しみいただけたのなら、記録者にとってこの上ない喜びとなりましょう。                              2022.11.1

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