AF-S NIKKOR 105mm f/1.4E ED
mm(ミリメートル)で表記される事の多い写真レンズの焦点距離ですが、レンズの特性を把握する為の重要な指標の一つであるため、明るさを示す解放 F 値(もしくは T 値)と共に、恐らくほぼ全てのレンズに記載がされているのではないかと思います。フイルム時代には、35mmフイルム(135規格)を利用し24×36mmの元画像を得る通称「ライカ判」すなわち「35mm(フル)サイズ」と呼ばれる規格が広く一般に浸透したため、(すでに、焦点距離・フイルム幅・画面寸と3種の「mm」が表記されてややこしい・・・・・) 多くの方が基本的に焦点距離から画角を判断してしまう習慣に知らず知らず慣らされていたのだろうと思います。結果、本来「画角」を表す数値ではなかった焦点距離が、「○○○mmの画角」といった表記で利用される事が一般化してしまった歴史が存在します。
この「焦点距離が画角を代弁してしまっていた歴史」は、数々のサイズや縦横比率を有するセンサーがカメラの撮像素子として利用・普及するデジタルカメラの時代となった事で、同じ焦点距離のレンズであっても、センサーサイズ・比率が変われば画角が変化するという事実をフルサイズに換算して常に伝える必要性を発生させました。例えば35mmという焦点距離のレンズであれば、その画角はフルサイズセンサーで利用する際は広角レンズ(35mm)、APS-Cサイズセンサーであれば標準レンズ(換算50mm)、フォーサーズセンサーサイズであれば中望遠レンズ(換算70mm)といった具合です。当方のブログでも時折そういった但し書きを利用しているのはこういった背景が存在しているからなのです。加えて、焦点距離や画角への意識を持たずに扱える撮影機材=スマートフォンを誰しもが利用するようになった事で、この紛らわしい状況が「焦点距離」と「画角」に関してのあらぬ誤解や、時には誤った情報が流布されてしまう原因にもなってしまいました。
「焦点距離」に留まらず、カメラや写真の用語に全く触れて来なかった世代のお客様が、突如フイルム一眼レフを所望する、そんな時代でもあります。時にその接客は「ひのきのぼう」と「ぬののふく」でロンダルキアの洞窟に挑むような心境に陥る事だってあります。若いお客様から「撮影済みフイルムからのデジタルデータ作成」の依頼を受け、「現像代+CD書き込み代」の費用を説明すると「データだけ欲しいので、現像は不要です。(キリッ!)」(本人に全く悪気はない)と言われる事もあったと同業者から耳にすれば、写真術の祖、ダゲールやニエプスはいったいどんな心持ちになるのだろうと、余計な心配もしてしまうというものです。
さて、一通りの戯言を吐き出し終えたところで本題に入りましょう。本レンズが冠する105mmという焦点距離は、ズームレンズや大判用レンズ、引き伸ばし用レンズを見ると、メーカー問わず目にする機会がありますが、単焦点レンズとなるとカメラメーカーではNikon製品以外ではめっきり遭遇率が下がる不思議な現象があります。例えば、24-105mm のズームレンズをラインナップする Canon や SONY も単焦点レンズでは 105mm ではなく 100mm が採用されているのです。いまさらながらグーグル先生に相談したところ、焦点距離は数値としての区切りよりも、画角変化率に従う方が理にかなっているという Nikon のレジェンド設計者の見解が「社の伝統」となって、100mm ではなく 105mmを採用、それが最新のミラーレス用 NIKKOR Z MC 105mm f/2.8 VR S になってもしっかりと受け継がれているのだそうです。(マクロレンズを Micro-Nikkor <マイクロニッコール>と表記した方の伝統は受け継がれなかったみたいですが・・・。)加えるなら、本レンズも当初は Nikon 100周年を記念した 100mm が設計の出発点だったようですが、伝統を重んじて 105mm になったというエピソードもあるそうで、改めて Nikon と言う会社の神髄に触れたような気持ちがしました。(実際の100周年記念モデルには、特別外装を施された大三元レンズとD5・D500が登場)
そんな Nikon の 105mmには、マニュアルフォーカス時代に伝統を紡いできた 105mm F2.5、同クラスでは当時匹敵する明るさのレンズが他社に存在しなかった 105mm F1.8、そして Micro-Nikkor に 105mm f2.8 が存在しましたが、変わり種として、特殊フィルターを併用することで紫外線領域の撮影を可能とした UV Nikkor 105mm F4.5 と言ったレンズも存在していました。学術や研究用途の他、警察鑑識や美術品鑑定などに用いられる超がつく特殊レンズですが、こういったレンズの生産を行っていた事も、同社が元々は国の軍需に応えるえる為に設立された会社であったことが影響しているのでしょう。オートフォーカス時代となり Micro-Nikkor は順当にAF化を受けましたが、ついに F2.5 のモデルは終売となり、F1.8と統合されたような恰好で、AF DC-Nikkor 105mm F2D が登場しました。この DC-Nikkor は球面収差の補正を任意に調整することで描写(主に非合焦部)をコントロールし、状況によってはソフトフォーカスレンズにもなると言う少々実験的な製品でした。このように、過去様々なレンズが存在したことも、105mm の伝統をより鮮やかに彩っていいると言えるのかもしれません。
デジタル時代となって、多くのレンズが駆動モーターを内蔵した AF-S シリーズへ置き換えられますが、AF-S Micro-Nikkor 105mm F2.8G VR の登場以降、105mm には新製品が登場しない沈黙の時間が流れます。それを破るのは2016年発売の本レンズとなる訳ですが、105mm 初の開放 F1.4 の実現、電気駆動による絞り羽根を搭載する完全電子マウント化を果たし、且つ同社が提唱する「三次元的ハイファイ」による設計を施された華々しい登場となりました。後に登場する同スペックレンズ SIGMA のボケマスターこと 105mm F1.4 DG HSM|Art の化け物じみた外観から比べれば大人しいものの、レンズ正面から除くと口径 82mmの鏡筒縁ギリギリまでレンズエレメントが存在し、巨大なガラスの塊を手にしているような感覚があります。後端を見れば、発表当時としては口径の大きかったはずの F マウントが、相対的に非常に小さく感じます。アダプターFTZを併用し軽量な Z5Ⅱ に装着すると重心は完全にレンズ側へと移るため、撮影中はこの 1.5kg超のダンベルで左手の筋トレを強要されることになります。
レンズ群の本格的なミラーレス化への対応が進む中、F マウントレンズのラインナップは徐々に縮小される未来が容易に想像されます。135mm Plena の存在が光る中、本レンズの Zマウント化に大きな期待は出来ないでしょう。SIGMA の F1.4 が生産完了となった今、孤高の存在となった本レンズも、新品を入手できる期間は今後それほど長くはないのかもしれません。
ボケ「味」と言った曖昧な表現は、本レンズのアウトフォーカス部には安易に使わない方が良いのかもしれません。開放から四隅まで形を崩すことなく解像感だけを緩やかに失ってゆくボケ像。135mm Plena の使用時にも感じた、膨大な枚数のレイヤーを統合したような画像の密度感の正体には、ひょっとして「三次元的ハイファイ」の設計思想も内包されているのでしょうか。
写真画像と言うよりむしろ、脳内の電気信号をそのまま取り出して画像化したかの印象を受けます。質感ではなく、完全なモノとしての存在感が圧倒的情報量で画面上に再生されます。開放での近距離描写、合焦部の面積はわずかですが、非合焦部との調和がとても素直なことが、こういった感想を抱く事に繋がるのでしょう。
最短撮影距離は 1m 。新しい設計のレンズとしては意外なほどに長めな数値と言えます。もちろん、機構的にはさらに接近して撮影することは可能だと思いますが、設計者が目論んだ描写を担保できるのがきっとこの数値なのでしょう。もっとも、Micro-Nikkor の 105mm にはVR機構も搭載されていますから、接写なら素直にそちらを使うのが正解ですね。
近隣の公園に展示されているSLの動輪部分は、展示物として「美しく」見える様な塗装を施されていました。本レンズによってあまりにもリアルに記録された事で、むしろそのチープさの方が際立つという結果に。もう人や物を運ぶために動くことは決してないのだと言う悲しい事実までもが克明に記録されてしまいました。
被写体が少々暗くてわかりにくいですが、合焦部である標識付近から後方へ離れるに従い、少しずつボケて行く様子を確かめてみます。金属製の柵や細かな枝など、醜いボケに感じることもある被写体も自然に描かれます。硬質の金属パイプや芽吹いて間もない若枝の葉の柔らかさといった素材の違いも、とても良く伝わってきます。
解放ですと、バストアップ程に接近すると被写界深度はごくごく薄い面となります。しかしながら、前後のボケた空間があまりに自然に描写されるため、不思議とそこまで大きくボケているという印象はありません。合焦部の解像度には微塵の不安もなく、より高画素のカメラに持ち替えたかのような切れ味の良い描写を併せ持つのも本レンズの特徴。紛れもなくこのレンズ以外では手に入れられない映像が存在しています。


















































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