Carl Zeiss Distagon 35mm f2 ZF.2
写真の世界においては、「標準レンズ」という言葉に含まれる「標準」は絶対的な指標にならず、とても「曖昧」だと言えます。野鳥や飛行機などを撮影する事の多いカメラマンからすれば、300mmクラスかそれ以上の焦点距離を持つレンズが「標準」となるでしょうし、オーロラなどをメインの被写体とする場合は、20mm以下の超広角レンズや180度以上の画角を持つ魚眼レンズが「標準」だとするフォトグラファーもいるでしょう。現在では28-300mmなどといった高倍率のズームレンズで写真を始める方も少なくないでしょうし、そうなると、「標準」を考える事にはすでに意味は無いのかもしれません。
諸説はありますが、35ミリサイズのフイルムを利用し最初に成功を収めた「ライカ」に最初に取り付けられていた焦点距離50mmのレンズは、画角・被写体との距離も扱いやすく、その描写に遠近感の誇張・圧縮が少なく、写真特有の癖が出にくい点、さらに当時の技術でも比較的明るい解放f値を持った製品を開発し易かった事などもあり、その後も多くの製品に採用され、長きに渡って50mmは一般的「標準レンズ」として君臨しました。私自身も写真に興味を持った幼少期、父から渡されたニコンには50mmが取り付けてあり、それを「標準」として写真人生をスタートさせました。
写真を学ぶ大学に入り課題をこなしながら、手持ちに幾つかのレンズが揃うようになった頃、目的を持たずに出かける際にカメラに付いているのは50mmではなく、35mmのレンズであることに気が付きました。少しだけ広い画角、少しだけ強調されるパース、少しだけ広い被写界深度。これらが自分の好む被写体や撮影スタイルにマッチしたのでしょう。以来、新しいカメラのシステムを考える時には、必ず35ミリフルサイズにおける35mmの画角を起点として考えるようになったのです。
そして、Nikon Dfの購入に至った際、標準レンズの候補として真っ先に思い立ったのが本レンズだったのです。純正品にも35mmは存在していましたが、最新のNikkorはプラスチック感の目立つ外装とマニュアルフォーカス時の操作感がどうしてもなじめず、なによりZeissのレンズを絶対的に信頼していたこともあり、Nikonフルサイズシステムの「標準レンズ」として本レンズを購入しました。非球面レンズや贅沢な光学系を惜しみなく投入した解放f1.4のDistagonも存在するZeissの35mmですが、解放f2の本レンズは比較的に小型で取り回ししやすく、フィルター径も58mmと、小型の部類に入ります。マニュアル専用設計のため、抜群のヘリコイドの操作感が余裕をもたせた回転角も手伝って、非常に気持ちの良いピント合わせが行えます。写真を撮らない時には、このヘリコイドを肴に一杯やってもいいと思うほどです。
近代のレンズらしく解像感が非常に高く、発色も非常にクリアで心地よく、いかなる条件でも破綻をみせないその描写はまさに「標準」に相応しく、自分の視覚の延長として思うがままに被写体を切り取ります。そして何よりZeissらしさをのぞかせるのが、美しく残された収差が見せる魔法の解放描写です。ヨーロッパに起源をもつレンズではよく引き合いに出される「空気が写る」という表現。無色透明ではあっても、被写体との間に確かに存在するその物体を、瑞々しく記録するドイツのエスプリは、日本製造となった最新のレンズにも確かに残っているのでしょう。すでに最新ラインのMilvusシリーズへとバトンを渡してはいますが、外装デザインをどうにも好きになれない自分は、やはりこの世代のZeissを使い続けていくのでしょう。
自転車を模した金属製のカゴに盛られたジャックオーランタン。解放では浅くなる被写界深度ですが、35㎜ということもあり、被写体の形はしっかり残ります。微妙な周辺光量の落ち方が合焦部へ視点を運んでくれます。この独特の空気感が何ともいえない味だと思いませんか?
この、すこし出始める「パース」が35mmが好きな理由。「写真」っぽさって大事だと思います。
西日に照らされた壁面のオブジェ。空気感・立体感・透明感。少し絞ってあげると、欠点という欠点がなくなる優秀なレンズ。撮り手の実力が嫌でも試されますね。
天候が悪くても、非常にクリアな発色。傷んだ塗装の表面質感も非常に良く描写されます。f値も明るめなので、薄暗い状況でも高ISOに頼らずに済むのが単焦点レンズの強みですよね。
モノクロに変換しても被写体の質感は見事に再現。銀塩フイルム・印画紙で撮影する機会はほぼなくなってしまいましたが、暗室作業には今でも思い入れがありますね。
露出をすこし切り詰めるとZeissの本領発揮です。鳥居の円柱の質感、上々です。朱の発色も効いてます。
マクロ域での質感描写も見事です。ボケも美しく、適度に被写体の情報を残してくれる。この辺が35mmを使う醍醐味ではないでしょうか。
夕刻、かなり強めの西日が差し込む列車の側面。とても階調が豊富で、ハイライトからシャドーまでしっかり写しこんでくれます。
一見、モノクロの画像処理かと見まがう被写体。保護シートを掛けられたディーゼル機関車です。金属の車体・アルミシート・ビニール製の虎縄。素材の違いが手に取るように分かります。絞り込んだ本レンズの描写には一切の曖昧さがありませんね。
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