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2018年4月 8日 (日)

Carl Zeiss Macro-Planar 100mm f2 ZF.2

  カメラ=デジタルカメラが一般化した昨今では、レンズの描写特性よりもセンサーの画素数やダイナミックレンジの広さ、またノイズ処理に代表される画像エンジンの特性といった面で画質を評価する場面が多くなった気がします。だからこそ、メーカーはこぞって画素数の向上や、常用感度の上昇、またダイナミックレンジの拡張や長秒時露光下のノイズ低減を謳い、新しいカメラこそが、最良の画質を手に入れる唯一の手段であるとばかりに我々に訴えかけてきます。

 また、非球面レンズや低分散ガラス等に代表される、かつてプレミアムレンズにのみに採用された技術・光学素材が廉価製品にも積極的に採用され、コンピューターシミュレーションを駆使した高度なレンズ設計技術が確立されている今日では、レンズ毎の物理的な性能差を論じる事はすでに意味をなさなくなってしまったのかもしれません。

 だからこそ、そんな時代に世界屈指の光学製品メーカーであるCarl-Zeissの名を冠するレンズが、Made in Japanの刻印と共に存在し続ける、その意味を自分なりに感じてみたい・・・。そんな欲求からなかなか逃れられないのです。京セラ・CONTAX時代のMacro-Planarと比べ、さらに一段分の明るさを手にした新時代の本レンズは、引き換えに最大撮影倍率を1/2倍へと落としていますが、Macro-Planarの看板を背負う性能をf2という明るさで実現するには、この仕様変更はやむを得ない事だったのでしょう。解放から合焦部の解像感はすさまじく、モニター上で拡大を続けても画像が破綻することはありません。高解像レンズの宿命か、アウトフォーカス部はやや硬さを残したものとなりますが、前後のボケの質がピタリと揃っているために、中望遠レンズ特有の緩やかな遠近感の圧縮と組み合わさり、画面内に豊かな立体感がひろがります。結果として画面全体に圧倒的なリアリティーが出現し、モニター上には撮影時の空気の匂いまでが漂うようです。質の高いオーディオ装置で音楽を聴く時、ときとしてスピーカーの存在が消える、といった表現をオーディオの世界では使いますが、このレンズが映し出す映像は、レンズそのものの存在を忘れさせてしまうかの様です。

 近い焦点距離である135mmにも、明るさを同じくf2とし、詩的で情緒的な描写を見せるApo-Sonnarが存在するZeissのラインナップですが、あまりに性格の違うこの2本で選択を迫られるとしたら、それは「ビアンカ・フローラ」問題に匹敵する男子永遠のテーマとなるかもしれません。  無論、この際の「重婚」は罪にはならないのでしょうが・・・・。

 

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2014年4月19日 (土)

Carl Zeiss Apo-Sonnar 135mm f2 ZF.2

 カメラの歴史の中で、これほどまでにクラッシックレンズに注目が集まった事があったでしょうか?マイクロフォーサーズのミラーレス一眼が登場してから本格化した、マウントアダプターを介しオールドレンズを用いる手法は、センサーをフルサイズ化したモデルの投入を受け、一つの撮影スタイルとして完全に市民権を得たようです。

 オールドレンズによる撮影は、フイルム時代のレンズ資産をデジタルカメラで上手く生かすための緊急回避策でもありますが、一方で、高性能でありながらも何処か画一的で、無個性的な現代のレンズがもたらす描写へのアンチ・テーゼといった側面も持ち合わせます。事実、高性能なガラス素材や、確立された設計理論、そしてコンピューターを利用した高度なシミュレーションを用いる術のなかった時代のレンズは、現在のレンズと比べはるかに残存収差が多く、その収差が結像に大きな影響を与えた個性的な描写を見せるものが少なくありません。設計者の腕は、これらの収差を少なくすることはもちろんの事、どの収差をどれ位のバランスで残すのか?といったところで発揮されていたのでしょう。対峙する際に緊張を求められるような、高精細・高密度な映像に囲まれている現代においては、旧世代のレンズ描写にある種の安堵感を求めてしまうのも、自然な流れなのでしょう。

 それでは、レンズの高性能化とはいったい何なのでしょうか?フイルム時代に比べ、2000万を軽く超えた撮像素子が投入されるようになった昨今では、レンズの結像性能にはより高いレベルが必要だとされています。残存収差を極めて低いレベルで抑えこみ、高解像・高コントラストな結像性能を与えられたレンズは、これからも、ただ引き換えに個性を失くして行くだけなのでしょうか?

 そんな心配はどうやら杞憂にすぎませんでした。そう確信させたのは、ドイツ光学メーカーの雄Carl Zeissが放つ最新設計のレンズ群です。中でも後発となる本135ミリは、残存色収差抑制への必要性から、伝統の「Planar」ではなく新たに「Apo-Sonnar」の冠を与えられ、その高性能ぶりは解放f値から遺憾なく発揮されます。135ミリともなれば、解放付近での被写界深度は極わずかありません。しかし、前後の非合焦部へのつながりがきわめて自然であるために、画面に不必要な緊張感が生まれません。10枚以上のガラスを通ってきたとは思えないほどの透明感あふれる描写は、ファインダーでも存分に堪能でき、センサーの性能を遥かに凌駕するであろう分解能の高さは、まるで細密描写された水彩画のごとく繊細な画像を形成します。ハイライトからディープシャドーまでの諧調も豊かで、HDR合成を見せられているかのような錯覚に陥ることさえあるでしょう。

 結像性能に対し一切の妥協を許さないとされるLeicaやZeissの哲学は、デジタル時代においても決して左右されることなく、個性とも受け取れる収差を徹底して排除することで、逆説的に究極の個性を手に入れたということになるのでしょうか。

 ただし、価格も相当に究極的ではあるのですが・・・・

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