For M4/3 Mount (Panasonic) Feed

Leica DG Macro-Elmarit 45mm f2.8 ASPH

 「接写用レンズ」いわゆるマクロレンズは、文献複写や資料記録といった学術・研究用途での需要があります。直線を直線に、立体を立体に、色のにじみ無く高解像度で記録することを宿命づけられたこれらのレンズは、結像上問題となる各収差を極限まで補正し、一般レンズでは到底不可能な接写領域から通常撮影距離まで、絞り値の影響を受けずに破綻のない画像を提供しなければなりません。それ故に設計者が心血を注ぎ、傑作レンズと呼ばれる製品が多く輩出される事になります。

 そして、Micro-NikkorやMacro-Planarとならび接写用レンズの代表ブランドとして、このMacro-Elmaritが存在します。Leicaといえば、距離計連動カメラであるM型ライカが有名ですが、接写領域での使い勝手は一眼レフであるR型ライカに軍配が上がります。しかし、優秀な自動機構を備え堅牢で安価な国産一眼レフの前では、R型ライカの人気は今ひとつで、定価も非常に高額であったR用Macro-Elmaritは、中古市場でも非常に貴重な存在となっていました。従って、Panasonicが販売するデジタルカメラ交換レンズ中、マイクロフォーサーズマウントで最初にライカ名を与えられたのがこのMacro-Elmaritだったのは、なかなかに見事な販売戦略であったと思います。

 決してPanasonicブランドレンズの品質が低い訳ではないのにもかかわらず、カタログ中あえて「Leica社の品質基準をクリア」している事を謳う本レンズの描写には、メーカーの自信と確かにそれを裏付ける何かが存在しているようです。解放絞りから完全に実用になり、合焦部の解像感・ボケの美しさ:コントラストはどれも素晴らしく、小気味よいAFの作動速度と手ブレ補正機構は、35ミリ判相当で90ミリともなる中望遠レンズであることを完全に忘れさせてくれます。

 今の時代にオスカー・バルナックが甦ったのなら、マイクロフォーサーズ規格を立ち上げたのは彼だったのかもしれない、そんな無粋な妄想を抱かせてくれる現代の名レンズです。

 

 

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まずはマクロレンズらしい被写体を。咲き始めのアジサイの下、日差しをよけて雨を待つアマガエル。インナーフォーカスによる俊敏なAF・手振れ補正の搭載により、マクロ域においても非常に快適な撮影のリズムが築けます。

 

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画角はフルサイズでの90mm。いわゆる中望遠の画角となり、日常のスナップやポートレートでも活躍してくれます。小雨交じりの天候でしたが、少し湿った空気の感じが見事に伝わってきます。

 

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仕事で出かけた新潟・瀬波の夕景。ほぼ無限域の被写体も解像感高く記録してくれます。最短から無限まで、隙の無い描写はやはりLeicaクオリティー。

 

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マクロ域での撮影は、マイクロフォーサーズとはいえ被写界深度が激薄になります。手振れ補正を頼りにし、カメラ本体をわずか前後させながらピント位置を変えて連写。フイルム時代は多少の運頼みも必要だった撮影ですが、デジタルではその場で納得いくまでリトライができます。

 

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解像感の高いレンズですが、ボケはとても滑らかです。センサーがフルサイズの1/2となるマイクロフォーサーズでは、等倍撮影が可能な本レンズはフルサイズ比2倍の撮影倍率となります。あまり大きく謳われていないのですが、これって結構なメリットですよね。

  

 

Leica DG Summilux 12mm f1.4 ASPH

 少年時代に鉄道撮影から写真の世界に入った自分にとっては、当時の「交換レンズ」は、ほぼイコール「望遠レンズ」であり、見た目より被写体が小さく写ってしまう「広角レンズ」は、まったくもって興味の対象外でした。写真部に入り、暗室生活を始めた頃にはポートレート撮影にのめり込んだため、パースの影響で人物の顔が変形しやすく、大きなボケを作りにくい「広角レンズ」への興味はさらに薄れていきました。無論、まったく無縁というわけはなく、高校時代には400ミリと抱き合わせ的に購入した明るさf2.8の社外製の24ミリを、大学時代は明るさf2の純正24ミリを所有していましたが、正直なところ、両者の描写に満足することはなく、軽い苦手意識を持つようになってしまいました。

 しかし、ヤシカ・コンタックスマウントのDistagon25ミリを使用してからは、その「写り」の虜となったのは勿論のこと、カメラを構える位置や角度によって、仕上がる映像が激変する「広角レンズ」の個性的な描写特性に引き込まれ、18ミリ・21ミリ・28ミリ・35ミリと手あたり次第に入手する「広角レンズ」マニアへと変貌してしまいました。結果、使用期間が長くなった24ミリ(25ミリ)は、その画角が感覚的に馴染んだこともあり、自分の中での広角レンズのスタンダードとして定着しました。

 ときに、現在は28ミリや24ミリの画角をスタートとする標準ズームレンズが一般的となり、デジタルカメラを購入する際、多くの方がそのレンズで写真ライフを始めることが当たり前となりました。結果として、24ミリ画角の単焦点レンズは以前と比べ地味な立ち位置のレンズとなり、f1.4・2・2.8といったように解放絞り別に3種類も用意していたメーカーも存在していたフイルム時代とは異なり、各社ともスペシャルな一本を用意する特殊な画角のレンズとなっています。例にもれずM4/3マウントにおいても、オリンパスから金属鏡筒を採用した12ミリf2・パナソニックにおいてはLeicaからお墨付きをもらった解放f値1.4を誇る本Summiluxがラインナップされています。

 マイクロフォーサーズのミラーレス一眼には、「同一画角のレンズで比較すれば、大型センサー機に比べ大きなボケを作りにくい」という小型センサー機の特徴があります。さらに、焦点距離が短くなる広角レンズにおいては被写界深度がより深くなるため、その特徴は顕著となります。スナップ撮影等では、ピント位置に神経質にならずにシャープな映像を手にいれることができるため非常に優位な反面、ポートレートや、接写等で大きなボケを演出したい場合などは、欠点と感じる事もあります。もし、ボケを利用したいのであれば,よりf値の明るいレンズが必要となってくるのです。

 パナソニックが、この画角のレンズにあえてLeicaブランドのSummiluxをラインナップした理由は、まさにそこに存在するのでしょう。過去、短い焦点のレンズでは「ボケにくい」事に加え、設計的に難しかったのか「美しいボケ」を演出するレンズになかなか出会えず、買ってはみたものの手放した経験も多いのですが、本レンズは完全に「使える・明るい広角レンズ」を具現化してくれました。12ミリという短い焦点距離を利用したパンフォーカスはf5.6あたりで簡単に手に入れる事ができ、暗い場面では強力なボディー内手振れ補正とf1.4の明るさで高感度に頼ることなく手持ち撮影が可能です。特筆されるべきボケの美しさは、「広角レンズ」であることを完全に忘れられるほどで、近接能力の高さも利用すれば今までにない新しい表現も可能でしょう。合焦面も非常に繊細で、ディテールを見事に描ききります。ミラーレス構造に由来するショートフランジバックは最新設計技術を得て、広角レンズの性能を数段上のステージへ押し上げた様です。お気に入りの画角での最高の描写。性能の高い12-60ミリも持ち合わせますが、やはり本気の撮影はSummiluxになりそうです。

 

 

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カメラから1メートルに満たない床面から窓の外まで、少し絞れば簡単にパンフォーカスの世界が手に入ります。広角レンズ特融の強調されたパースを生かせば、あっという間に非日常の世界が展開します。さすがのデジタル最新レンズです、歪曲収差も皆無と言って差し支えないですね。

 

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こちらも、パースとパンフォーカスを生かした、「広角」らしい表現。錆びたブレードや赤い塗装面の質感も高く、ラッセル車特有の重厚感を見事に記録してくれます。

 

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ここまで素直に美しくボケる広角レンズに初めて遭遇しました。近年「ぐるぐるボケ」「バブルボケ」などと、残存収差の特徴が色濃く残ったオールドレンズのボケ味に人気があるようですが、個人的には主張しすぎるボケよりも、「名脇役」を演じてくれる、こういったボケが好ましいと感じます。

 

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広角レンズを手に入れると、訳も無く上を向いてしまう自分に気が付きます。誇張された遠近感が、空へと連れて行ってくれそうで、いつまでもファインダーを眺めてしまいます。コーティングも優秀ですので、安心して上を向くことができるレンズですね。

 

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フイルム時代のライカレンズには、個人的に「映り物」の描写に特徴を感じていましたが、パナソニック製の本レンズにも、確かにそれを感じます。夕暮れ間近の夏空に季節の移り変わりが感じられます。パンフォーカスの遠景描写も雑なところがなく、きっちりと解像しますので、モノクロ風景写真の独特の緊張感を損ないません。

 

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近接能力も高いマイクロフォーサーズ。パースとボケが共存する、いままでの広角レンズとは一味違う接写の使い方ができます。前後とも実像感を徐々に薄めていく極上のボケ味が本レンズ最大の魅力。今までにない「手札」を切れることは、今後ますます表現の幅を広げてくれるでしょう。

 

Leica DG VARIO-ELMARIT 12-60mmf2.8-4.0 ASPH

 長年カメラ店に勤務していますが、初めてカメラを購入するというお客様に「単焦点レンズ」をセットでお勧めすることは現在ではほとんどありません。基本的に多くのお客様がカメラを購入する際には、様々な被写体・シチュエーションでの撮影を希望しており、画角を連続的に変化させられるズームレンズがその目的に合致しているというのがもっともな理由ですが、メーカーがボディーとセット販売されることを想定して製造している「キットレンズ」はどれも、小型・軽量・安価の三拍子で、描写性能も決して低くない為に誰にでも安心して勧められるというのも理由の一つです。

 ところが、自分自身でズームレンズを購入するケースは極めて稀であると言わざるを得ません。高性能なズームレンズが身近になった昨今であっても、解放f値や、描写性能においてはまだ単焦点レンズが一枚上手と感じる場面が少なくなく、自分の撮影スタイルでは小型・軽量な単焦点レンズを数本持ち歩いた方が、結果として荷物が少なくなる事が実際多いものなのです。また、ズームを購入する積極的理由が見当たらない事にプラスして、「○○㎜のレンズで撮った」という自分にとって撮影上の重要な分部が曖昧になってしまうのが、どうにも「嫌」なのです。どんな道具を使用しても結果としての写真が良ければ、それで良いはずなのですがどうにも困った性分です。

 しかし、実際問題「依頼された撮影」ともなれば、そうも言ってはいられません。レンズ交換に割く時間でシャッターチャンスを逃す訳にはいきませんし、決められた足場から様々な画角での映像を記録しなければなりません。フレーミングを変えるためにその都度移動しているカメラマンなんて周囲には一人もいないのですから、ここは好き嫌いなどと言ってはいられません。

 幸いなことに、数社が共通のマウントを利用するマイクロフォーサーズには多種多様な標準ズームレンズが存在しています。低価格の普及クラスから、携帯性を考慮した沈胴タイプ、描写性能を高めたプレミアムモデルなど、10を超えるレンズが選択肢に上がります。その中で選んだのが本レンズとなります。フイルム時代にやはり仕事で使っていたNikkorの24-120㎜と画角が同じである点、メインボディーとの協調で高い手振れ補正機構を利用できる点、ワイド端での解放f値が2.8と実用的である点、スペックからすれば非常に軽量である点など、その理由は多岐に渡りますが、やはり決定的だったのは過去に手にしたPanasonic-LeicaによるDGシリーズの描写性能に惚れ込んでいたという点が大きかったでしょう。

 最新のレンズらしく、どの焦点域でも非常に満足度の高い描写性能を発揮。単焦点レンズにあるような固有の特徴こそ感じませんが、それこそが「標準ズームレンズ」としての存在意義と受け取れるほど曖昧さのない画質を提供してくれます。5倍と昨今のズームレンズからすれば、決して大きい倍率ではありませんが、画角変化は非常に大きく、日常の撮影であればこれ1本で事足りるでしょう。細かい被写体ではボケの硬さを感じる場面もありますが、ズームレンズである事を考えれば十分合格点を付けられます。ズームリングやピントリング、フードや切り替えスイッチなどの作りこみも手を抜かずにされており、プレミアムレンズの名に恥じる点は感じられません。薄型の入門機ボディーとはやや不釣り合いですが、大型のグリップを持ったボディーとのマッチングは最高で、フットワークの良い撮影を可能にしてくれます。あえて苦言を呈するとすれば、標準添付のフロントレンズキャップが商品として販売されておらず、消耗部品として取り寄せると案外「高額」な点です。レンズ本体も安価な部類ではありませんが、無くした月の昼定食には、「みそ汁」を付けられなくのでサラリーマン諸氏はご注意あれ。

 安易にズームになじんでしまうと、移動することをせずにズームリングだけでフレーミングをしてしまい、被写体との対峙に積極性がなくなってしまう恐れがあります。動き回りながら、被写体との距離や角度を変化させることで新たな一面を発見することが撮影の醍醐味の一つですから、性能が高いからと言って、このレンズに頼り過ぎないよう少し自分を戒めています。もし、自分が写真を始めた時にこれほどのレンズを最初に所有してしまっていたら、ここまで写真にのめりこんでいなかったかもしれないと・・・。

 

 

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撮影が主目的でなければ、最近はカメラに本レンズだけ付けておでかけ。それで事が足ります。発色・質感描写、解像感、少し前ならズームレンズでは得られなかった映像が簡単に手に入ります。AF動作も非常に俊敏。シャッターボタンに軽く触れればすでに合焦済み。カメラマンの苦労は減る一方です。

 

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周辺まで破綻をみせない端正な絵作りは見事。絞りすぎによる回折に気を付ければ、簡単にパンフォーカス的な撮影ができる小型センサー機は日常の記録に最適です。

 

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タイルの目が細かくなる遠景の分部もきっちり解像しています。なんとなく写っていればいい、といった曖昧さは微塵も感じられません。「標準」ズームレンズの仕事は決して簡単ではありませんが、完璧にこなしていいます。

 

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デジタル補正の効果もありますが、歪曲収差はきっちり補正されています。薄曇りではありますが、完全逆光で、太陽光はかなり強烈な状況でした。嫌味なコントラストの低下もなく逆光性能も優秀です。

 

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とろけるような「ボケ」ではありませんが、印象は決して悪くないボケ味。リアリティーを求められる記録的な撮影には、これくらいの固さがむしろ好都合かと。

 

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ワイド端のフルサイズ24㎜相当の画角は、個人的に好きな広さ。超広角臭さを感じないギリギリの広さ。これも意地悪な逆光ですが、ゴースト・フレアの発生は感じられません。空にカメラを向けるとどうしてもワイドレンズでは太陽がフレームの中に入りやすくなりますが、安心して望めます。

 

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遠景の為分かりにくいのですが、写真の中に旅客機が2機写っています。拡大すると主翼に取り付けられたエンジンや尾翼の形状まではっきりと写しこまれています。あきれるほどの解像度。シャープなレンズが多いパナソニック製のDGシリーズですが、ズームでもその特徴が良く出ています。

 

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望遠端フルサイズ換算で120㎜は、ちょっとした望遠レンズです。電球一灯の明かり。解放f4の状態で1/15秒のシャッター。セオリーからすれば1/125秒が安全圏のシャッタースピードとなりますが、公称値以内とはいえ手持ち1/15秒で撮影した5カットすべてにブレが確認されないのは、驚きしかありません。

 

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標準ズームには「マクロ」的な撮影も必須。もともと近接能力が高い小型センサー機ではありますが、簡単な接写ならご覧の通り。決してオマケ的マクロではありません。どうですか?この質感。

 

Leica DG Summilux 25mm f1.4 ASPH


 

 フイルムカメラ時代、とりわけズームレンズが廉売されるようになるまで、カメラ購入時にセット販売されていたのは、「標準」レンズの代表格であった解放f値1.4クラスの50㎜レンズでした。誰もがこの画角で写真をスタートする、それが当たり前の時代でした。

 しかし、固定された画角ではズームレンズの様にフレーミングを自在に操ることは難しく、また、同じ画角は標準ズームにも内包されていますから、廉売される高倍率ズームレンズが、「標準」レンズの座を確固たものにした現在では、この種のレンズの存在理由に気が付くには、それなりの経験を積む必要があるのでしょう。昨今、本レンズを初めとして、35ミリフルフレームでの50㎜レンズの画角を有する単焦点レンズが、一種の特殊レンズとしてのポジションを与えられてるのは、ある種、当たり前の流れなのかもしれません。

 では、そういった時代背景の中、なぜいまだに多くのメーカーがこの旧世代の「標準レンズ」を作り続けているのでしょうか。しかも最近では、過去には想像もできなかった高額商品をラインに加えるメーカーさえあります。その答えの一つは、何といってもその「明るさ」でしょう。ズームレンズ比で2~3絞り程度余裕のある解放値は、多くの場面でシャッター速度の束縛から表現者を解き放ってくれますし、解放付近での浅い被写界深度を利用すれば、ズームレンズでは到底真似ができない表現を手にすることができます。また解放での描写性能に拘りをもった製品が多く存在しているのも、近年では大きな特徴となっています。Panasonicが、マイクロフォーサーズシステムにおいて、25ミリというレンズにあえて「SUMMILUX」の名を冠したLeicaブランドのレンズをラインナップしているのも、そういった一種のメッセージなのでしょう。

 解放f値によって命名規則(規則と言い切るには例外も多いですが)のあるLeica製レンズにおいて「SUMMILUX」といえば、解放f値1.4を与えられた「至高のレンズ群」ですが、本レンズも、フイルム時代のそれと光学系は全く別の新設計ながら、そのエスプリを十分に引き継いだ、やはり「究極のレンズ」となりましょう。解放から中心部の解像度は高く、前後のボケは非常に自然で美しく、本レンズ最大の魅力です。周辺画質・光量はそれなりに落ち込みますが破綻はなく、「味」と言い切れる程度です。f2.8あたりから全画面で均質な高解像描写となり、f8程度がピークです。絞りによって描写それぞれの顔を持ち、色のノリもよく重厚な表現に向く本レンズは、やはり「標準レンズ」の枠に収まらないスペシャルな一本となるでしょう。

 

 

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碓氷峠にある鉄道文化村に展示・保存されている機関車の運転台です。車両倉庫内のため日中でも非常に暗い場所なのですが、f1.4の明るさで手持ち撮影可能なシャッター速度が稼げます。なるべく感度を上げたくない場合にはこの明るさは代えがたい武器になります。

 

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フルサイズ50㎜の画角であっても、25㎜の被写界深度。ボケすぎないというM4/3の利点を生かした撮影スタイルは街中のスナップに好適です。

 

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合焦部からなだらかに続く後ボケが非常に美しいひとコマ。解像感とボケのバランスが良く、人物撮影などにもきっとマッチします。ボケの発生が急激すぎて、解放絞りが使いにくいレンズなどもありますが、M4/3のSUMMILUXは心配無用です。

 

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少し絞ってあげれば、25㎜というレンズはパンフォーカス撮影も可能です。(よく言われるのが、「28㎜レンズ」「f8」「3メートルにピント」)手前の草から遠景の雲まで、きっちり解像。フルサイズでは広角レンズの専売特許でしたが、標準画角でも簡単にパンフォーカスが体験できるのは小型センサー機の強みではないでしょうか。歪曲収差も少ないので直線的な被写体も大胆にフレーミングできます。

 

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前ボケも素直で美しいので、積極的に利用できます。前後のボケはどちらかを重視すると、もう一方が汚くなりがちなのですが、本レンズは前後のボケがとても均質で美しく、その点でも1.4と言う絞りを存分に堪能できます。

 

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現代的と言えばそれまでですが、発色も美しく、とてもクリアです。フイルム時代のズミルックスは、やや癖のある描写が「味」として取り上げられましたが、新時代のズミルックスは癖や曖昧さのない端正な画を作ります。ナノサーフェースコーティングも有効に働き、ゴーストやフレアーに悩まされることは無いでしょう。

 

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遠景の枝。ボケが乱れるレンズだと、途端に汚く感じる被写体ですが、本レンズでは心配無用でした。

 

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思いっきり露出を切り詰めたローキー調の撮影。モニターではなかなか伝わりませんが、シャドーの中のシャドーもきっちり描いてくれます。ミラーレスに撮影機材の主軸を移した最大の理由が、モノクロを見ながらモノクロを撮影できる事。機材の変化が撮影スタイルを大きく変えました。

 

Lumix G 14mm f2.5 ASPH

 35mm判で言うところの28mmという焦点距離は、今日のような標準ズームレンズが一般に広まるまで長い間「広角レンズ」の代表格でした。登場初期は広角域が35mm止まりの製品が多かった標準ズームレンズも、いまや28mmは当たり前の焦点距離となり、パナソニックのマイクロフォーサーズ用のレンズラインナップにおいても、14-45mmや14-140mmといった様に、標準域をカバーするズームレンズは14mmすなわち28mm相当をワイド端としています。また同システムには広角ズームレンズとして7-14mmがラインナップされており、あえて14mmという焦点距離の製品を後発でラインに加えてくるというメーカーの姿勢、これには自ずと興味が湧いてきます。

 前述の通り、標準域の焦点距離はズームレンズ一本で済ますスタイルが定着している昨今、定石を破り20mm F1.7といういわば前時代的な単焦点標準レンズをキット販売したことで、逆転の大成功を収めたのがパナソニックのGF1ですが、単焦点レンズならではの明るさや描写性能、また絞りを変化させた時の描写の違いが、ズームレンズで育った現代のカメラ入門層にとても新鮮に映ったことが、その成功のカギの一つだったようです。

 そして、その20mmの成功がこの14mm登場の大きな伏線であったかの如く、発表当時から発売を待ちわびていたユーザーが多かったようです。5群6枚という少ないレンズ構成中その3枚を非球面レンズが占め、本レンズ最大の特徴である小型・軽量化そしてAFの高速化を実現しています。0.18mという最短撮影距離はパースペクティブを強調する広角レンズの特徴をいかした接写撮影を可能にし、絞り、撮影距離による表現の変化という単焦点レンズならではの楽しみを存分に味わうことができます。画面全域での解像感は高性能ズームレンズである7-14mmに譲りこそしますが、周辺に向けなだらかに落ちてゆくシャープネスや強い光源部に纏うハロによって、中央の被写体が優しく、そして自然にひきたてられます。

 最新の光学設計によって描き出された最新の映像はどこかノスタルジックで、それこそがこの14mmの存在理由だとするならば、画一的と思わずにいられなかったデジタルカメラ専用レンズにも、まだ十分に楽しむ余地がのこされているという事になるのでしょう。

 

 

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フルサイズで28mmの画角レンズは、スナップ写真の代表格と言われる事も。全長の短い本レンズは、マイクロ4/3ボディーに装着するとコンパクトカメラと言っても差し支えない位の様相。コートであればポケットに余裕で収まるサイズですので、散歩に持ち出して、街中を気軽にスナップできます。

 

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度重なる増税と受動喫煙を始めとした健康被害への懸念、電子タバコの普及などで、こういいった「吸い殻」を見かける機会も随分と減った気がします。写真は時代の写し鏡などとも評されますが、日常のなにげない記録も時間とともに意味を持ち始める事があるのですね。

 

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レンズテストなどで頻繁に訪れる県内の公園。中学生の頃は友人と自転車で1時間ほどかけて遊びに来ていたのが良い思い出です。当時はこのベンチやアスレチックの遊具なども真新しく、週末などは家族連れでにぎわっていましたが、今ではひっそりと「終活」でもしているかの様です。

 

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女心と秋の空・・・・こういったコメントは近年ご法度になる動きでしょうか。なんだか息苦しい世の中にならないといいんですが。

 

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Fマウントニッコールの28mmは、当時25cmという近接能力の高さがウリでしたが、本レンズの最短撮影距離は18cmとさらに驚異的。拡大率は高くないので「マクロ」とは言い難いですが、レンズ交換不要で、ググっと寄れるのはスナップ中で大きな武器になりますね。

 

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十分にシャープなレンズですが、そのシャープさが嫌味な自慢になっていないのが、本レンズ最大の魅力なんじゃないかと感じています。小柄な躯体とリーズナブルな価格は、たとえ同一焦点距離が内包されるズームレンズをお持ちの方にも十分に魅力的かと。

 

 

プロフィール

フォトアルバム

世界的に有名な写真家「ロバート・キャパ」の著書「ちょっとピンボケ」にあやかり、ちょっとどころか随分ピント外れな人生を送る不惑の田舎人「えるまりぃと」が綴る雑記帳。中の人は大学まで行って学んだ「銀塩写真」が風前の灯になりつつある現在、それでも学んだことを生かしつつカメラ屋勤務中。

The PLAN of plant

  • #12
     文化や人、またその生き様などが一つ所にしっかりと定着する様を表す「根を下ろす」という言葉があるように、彼らのほとんどは、一度根を張った場所から自らの力で移動することがないことを我々は知っています。      動物の様により良い環境を求めて移動したり、外敵を大声で威嚇したり、様々な災害から走って逃げたりすることももちろんありません。我々の勝手な視点で考えると、それは生命の基本原則である「保身」や「種の存続」にとってずいぶんと不利な立場に置かれているかのように思えます。しかし彼らは黙って弱い立場に置かれているだけなのでしょうか?それならばなぜ、簡単に滅んでしまわないのでしょうか?  お恥ずかしい話ですが、私はここに紹介する彼らの「名前」をほとんど知りませんし、興味すらないというのが本音なのです。ところが、彼らの佇まいから「可憐さ」「逞しさ」「儚さ」「不気味さ」「美しさ」「狡猾さ」そして時には「美味しそう」などといった様々な感情を受け取ったとき、レンズを向けずにはいられないのです。     思い返しても植物を撮影しようなどと、意気込んでカメラを持ち出した事はほとんどないはずの私ですが、手元には、いつしか膨大な数の彼らの記録が残されています。ひょっとしたら、彼らの姿を記録する行為が、突き詰めれば彼らに対して何らかの感情を抱いてしまう事そのものが、最初から彼らの「計画」だったのかもしれません。                                 幸いここに、私が記録した彼らの「計画」の一端を展示させていただく機会を得ました。しばし足を留めてくださいましたら、今度会ったとき彼らに自慢の一つもしてやろう・・・そんなふうにも思うのです。           2019.11.1

The PLAN of plant 2nd Chapter

  • #024
     名も知らぬ彼らの「計画」を始めて展示させていただいてから、丁度一年が経ちました。この一年は私だけではなく、とても沢山の方が、それぞれの「計画」の変更を余儀なくされた、もしくは断念せざるを得ない、そんな厳しい選択を迫られた一年であったかと想像します。しかし、そんな中でさえ目にする彼らの「計画」は、やはり美しく、力強く、健気で、不変的でした。そして不思議とその立ち居振る舞いに触れる度に、記録者として再びカメラを握る力が湧いてくるのです。  今回の展示も、過去撮りためた記録と、この一年新たに追加した記録とを合わせて12点を選び出しました。彼らにすれば、何を生意気な・・・と鼻(あるかどうかは存じません)で笑われてしまうかもしれませんが、その「計画」に触れ、何かを感じて持ち帰って頂ければ、記録者としてこの上ない喜びとなりましょう。  幸いなことに、こうして再び彼らの記録を展示する機会をいただきました。マスク姿だったにもかかわらず、変わらず私を迎えてくれた彼らと、素晴らしい展示場所を提供して下さった東和銀行様、なによりしばし足を留めて下さった皆様方に心より感謝を申し上げたいと思います。 2020.11.2   

The PLAN of plant 2.5th Chapter

  • #027
     植物たちの姿を彼らの「計画」として記録してきた私の作品展も、驚くことに3回目を迎える事ができました。高校時代初めて黒白写真に触れ、使用するフイルムや印画紙、薬品の種類や温度管理、そして様々な技法によってその仕上がりをコントロールできる黒白写真の面白さに、すっかり憑りつかれてしまいました。現在、フイルムからデジタルへと写真を取り巻く環境が大きく変貌し、必要とされる知識や機材も随分と変化をしましたが、これまでの展示でモノクロームの作品を何の意識もなく選んでいたのは、私自身の黒白写真への情熱に、少しの変化も無かったからではないかと思っています。  しかし、季節の移ろいに伴って変化する葉の緑、宝石箱のように様々な色彩を持った花弁、燃え上がるような紅葉の朱等々、彼らが見せる色とりどりの姿もまた、その「計画」を記録する上で決して無視できない事柄なのです。展示にあたり2.5章という半端な副題を付けたのは、これまでの黒白写真から一変して、カラー写真を展示する事への彼らに対するちょっとした言い訳なのかもしれません。  「今日あっても明日は炉に投げ込まれる野の草さえ、神はこのように装ってくださるのなら、あなたがたには、もっと良くしてくださらないでしょうか。」これはキリスト教の聖書の有名な一節です。とても有名な聖句ですので、聖書を読んだ事の無い方でも、どこかで目にしたことがあるかも知れません。美しく装った彼らの「計画」に、しばし目を留めていただけたなら、これに勝る喜びはありません ※聖書の箇所:マタイの福音書 6章30節【新改訳2017】 2021年11月2日

hana*chrome

  • #012
     「モノクロ映画」・「モノクロテレビ」といった言葉でおなじみの「モノクロ」は、元々は「モノクローム」という言葉の省略形です。単一のという意味の「モノ」と、色彩と言う意味の「クロモス」からなるギリシャ語が語源で、美術・芸術の世界では、青一色やセピア一色など一つの色で表現された作品の事を指して使われますが、「モノクロ」=「白黒」とイメージする事が多いかと思います。日本語で「黒」は「クロ」と発音しますから、事実を知る以前の私などは「モノ黒」だと勘違いをしていたほどです。  さて、私たちは植物の名前を聞いた時、その植物のどの部分を思い浮かべるでしょうか。「欅(けやき)」や「松」の様な樹木の場合は、立派な幹や特徴的な葉の姿を、また「りんご」や「トマト」とくれば、美味しくいただく実の部分を想像することが多いかと思います。では同じように「バラ」や「桜」、「チューリップ」などの名前を耳にした時はどうでしょうか。おそらくほとんどの方がその「花」の姿を思い起こすことと思います。 「花」は植物にとって、種を繋ぎ増やすためにその形、大きさ、色などを大きく変化させる、彼らにとっての特別な瞬間なのですから、「花」がその種を象徴する姿として記憶に留められるのは、とても自然な事なのでしょう。そして、私たちが嬉しさや喜びを伝える時や、人生の節目の象徴、時にはお別れの標として「花」に想いを寄せ、その姿に魅了される事は、綿密に計画された彼らの「PLAN(計画)」なのだと言えるのかもしれません。  3年間に渡り「The PLAN of Plant」として、植物の様々な計画を展示して参りましたが、今年は「hana*chrome」と題して「花」にスポットを当て、その記録を展示させていただきました。もしかしたら「花」の記録にはそぐわない、形と光の濃淡だけで表現された「モノクローム」の世界。ご覧になる皆様それぞれの想い出の色「hana*chrome」をつけてお楽しみいただけたのなら、記録者にとってこの上ない喜びとなりましょう。                              2022.11.1

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